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 鹿屋市の酒造会社で大牟禮良行さんが工場の一切を任されたのは、44歳の時だった。18年間の修業の末、師匠からようやく一人前の杜氏(とうじ)と認められた。

 誇らしさを胸に初の仕込みに取り掛かったが、立場が変わると世界は一変した。やるべきことは頭に入っているのに、責任の重さで身がこわばって判断に自信が持てない。1カ月で精神的な重荷に耐え切れなくなり、先輩職人に助けを求めた。

 本年度の「現代の名工」に選ばれた職人が語る「自分の出発点」である。「難しい仕事なんだから簡単にできなくて当たり前」と開き直ったとき、それまでの気負いが消えて次の一歩を踏み出せたという。

 哲学者池田晶子さんが、著書「知ることより考えること」に若者の職探しについて書いている。人はそもそも自分のことが分かっていない。だから自分に合った仕事が何かなど、たやすく判断できるはずがないと言い切る。

 目標を見据え、真っすぐに歩ける人はいいが、自分は何者か、漠然とした不安の中で焦る若者は少なくないはずだ。池田さんは「与えられた仕事を、文句を言わずにするのも知恵だ」と提案する。

 大牟禮さんが焼酎造りに携わったのは、古里で就職先を探していてたまたま縁があったからだ。腹を決めて歩み続けたら、67歳で一つの高みに達した。「石の上にも三年」の言葉をかみしめたくなる職人の道がここにある。