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 先月下旬、穏やかな長崎港を出て約40分、クルーズ船は通称・軍艦島が近づくにつれて大きく揺れだした。遠巻きに島を巡ると、船長は申し訳なさそうに上陸断念を告げた。

 鹿児島市の旧集成館などと「明治日本の産業革命遺産」を構成する端島(はしま)炭坑は、いつも外海の高波と強い潮風にさらされている。明治初期からおよそ1世紀にわたり石炭を採掘。最盛期は5300人が暮らしたが、後に無人島となった。

 国内最古の鉄筋アパート、余命半年程度-。長崎の地元紙が先日、島のコンクリート建造物の劣化状況を調べた研究者による予測を報じた。既に一部は崩れ、全体の崩落が差し迫っているという。

 1916(大正5)年築の7階建て。元住人の上陸ガイド木場田友次さんは「とても残念です」と声を詰まらせる。郷里の実家がなくなるような感慨だろうか。世界文化遺産登録からわずか6年半で厳しい局面を迎えている。

 林立するビル群や護岸の崩壊が進めば軍艦に似た輪郭をも失いかねない。かといって全て保存するのは技術的にも費用的にも難しい。地元で続く模索の中から大方が納得できる方法が見つかるといい。

 今も人々がこの島を目指すのは、狭い土地に大勢が肩を寄せ合って暮らす風景が浮かぶからだろう。朝鮮半島出身者が戦時徴用された過去も見つめなければならない。末永く歴史を学ぶよすがであってほしい。