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 宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」は、楽団で一番下手で怒られてばかりのチェロ奏者の物語だ。家で猛練習していると、夜な夜な動物たちが訪ねてきてはあれこれと注文を付ける。

 そんなゴーシュに自らを重ねた人がいる。アフガニスタンで人道支援に取り組む福岡市の非政府組織「ペシャワール会」で現地代表を務めた医師の中村哲さんだ。3年前のきょう、武装集団に銃撃され亡くなった。

 1984年からパキスタンでハンセン病の医療支援を始め、隣のアフガンにも広げる。2000年以降は干ばつに苦しむ同国で井戸や用水路を造り、砂漠に緑を取り戻した。活動を続ける原動力を問われると、賢治の物語を引いた。

 練習を邪魔する動物たちに時にいらだちながらも向き合うゴーシュに、人として最低限守るべきものを感じたのだろう。「ただ目の前で困っている人を残して去ることができなかった」という言葉に誠実さがにじむ。

 今年10月、事件現場近くに「ナカムラ」と名付けられた広場ができ、笑顔の中村さんの写真と名前が入った碑が設置されたという。地域に寄り添い続けた姿は立場を超えて胸を打ち、功績をしのぶよすがになるに違いない。

 今もペシャワール会は医療や農業支援を続ける。この秋には現地の人たちの手で新たな取水設備が完成し、小規模な用水路の建設も始まった。志は確かに引き継がれている。