( 6/23 付 )

 水を張った田に、か細い早苗がそよいでいる。それらがやがて田を覆い尽くすほどに成長し、大きな恵みをもたらす。太陽や土、水の力にあらためて驚嘆を覚える。

 今月は各地でお田植え祭があった。古式にのっとって早男(さおとこ)と早乙女(さおとめ)が田植えする様子に、古代の人々の切実な願いを思った。米の出来不出来が生死に直結した時代、人々は天候などの自然条件が無事に推移することを祈った。

 だが、時を経て技術が発達しても、あらがえないのが自然の脅威である。今年、霧島連山・硫黄山の噴火の影響で川から水田に水を引けず、伊佐市や湧水町の多くの農家が米作りができなかった。

 国は、水稲を断念した農家が一時的に転作する場合、種子・種苗の購入費や農業用機械のリース・レンタル経費を助成する。新たな作物づくりは難儀が多いに違いない。何とか軌道に乗るよう、ここは踏ん張ってとエールを送りたい。

 「目がくらむ」は「目が〓(目へんに米)む」とも書く。手元の辞典によると「〓(目へんに米)」など「米」を含む幾つかの漢字には「とまどうほど多くの粒」という意味がある(新漢語林)。「秋に多くの稲穂が実るように」という願いの表れ、と解釈してはどうだろうか。

 春に豊作を祈り、秋には祭りを催して収穫に感謝する。それができなくなった農家の心中は、察するに余りある。来秋は豊作となり、ブランド米が復活することを祈りたい。