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 奄美市役所近くのおがみ山を登ると、15分ほどで頂上の復帰記念広場に着く。日本復帰の父・泉芳朗の胸像や詩碑が並び、戦後8年間米軍に統治された苦難を静かに伝える。

 坂の途中に、大相撲朝潮の横綱昇進を記念する碑がある。建立は日本復帰から5年余りたち、第46代横綱に昇進した1959(昭和34)年。古里の徳之島町井之川に立つ銅像より歴史は古い。

 朝潮は復帰運動や復興の希望の星だった。貨物船で密航して力士となり、横綱に上り詰めた活躍は人々を勇気づけた。当時を知る奄美大島の元アマ横綱浜口政廣さんは「島の熱狂はすごかった。あの時代に日本中の人が奄美に目を向けてくれたのも横綱のおかげ」と懐かしむ。

 奄美から朝潮以来の横綱を目指す若者が、8日に始まる名古屋場所で幕内力士として初の土俵を踏む。瀬戸内町出身の明生(めいせい)である。中学卒業後すぐに角界入りした“たたき上げ”だ。腰の強さを生かした取り口が魅力で期待が高まる。

 奄美は相撲が盛んな土地柄だ。集落ごとに土俵があり、立派な屋根付きも多い。秋の豊年行事には相撲が欠かせない。県勢の関取4人のうち、大奄美、千代ノ皇を加えた3人が奄美出身なのもうなずける。

 明生の本名は川畑明生。「明るく生きよ」と父昌也さんが名付けた。横綱への道は険しくとも、名の通りに歩んでもらいたい。それが古里の新たな希望になる。