( 7/4 付 )

 頭髪の薄さを笑いのネタにされたが、顔立ちは端正で、語り口やふるまいには品があった。亡くなった落語家の桂歌丸さんは酒を飲まず、芸人にありがちな型破りな感じからは遠かった。

 1966(昭和41)年に始まった演芸番組「笑点」の大喜利になくてはならない存在だった。まだ若手だった歌丸さんと三遊亭小円遊さんが毎回起こすいさかいに、腹を抱えたものだ。

 キザな芸風と見た目のギャップが売りの小円遊さんがからかい、直情型の歌丸さんが突っかかる。絶妙なやりとりが人気番組として定着するきっかけになったが、80年に小円遊さんが40代の若さで亡くなる。

 名コンビ解消は番組にダメージだったはずだ。ビートたけしさんらがテレビの人気者になっていた時代である。伝統的な落語家主体の「笑点」の笑いは古く見られて、マンネリと評されることもあった。

 しかし、結局どの番組よりも長く続いて53年目に入った。長寿の理由について歌丸さんは「親子で安心して見ていられる」と語っていた。出演は2016年まで半世紀に及び、最後は司会も務めた。最大の功労者だろう。

 近年は入退院を繰り返し、酸素チューブをつけ高座に上がった。落語を伝承しなければという強い思いがあったからだ。今ごろ笑点の同僚、立川談志さんや先代三遊亭円楽さんから「歌さん、お疲れさま」とねぎらわれているに違いない。