[東電無罪判決] 刑事裁判の限界見えた
( 9/20 付 )

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣の3被告に、東京地裁はいずれも無罪判決を言い渡した。個人の過失責任は問えないとの結論である。
 元々、検察が専従班を設けて1年以上かけて捜査し、予見可能性はなかったなどとして起訴を見送った事件である。市民感覚を反映し強制起訴したとはいえ、刑事責任を追及するハードルの高さを示したと言える。
 だが、事故から8年半たった今も、多くの人が避難生活を送り、元の暮らしにいつ戻れるのか、めどはついていない。事故を招いた責任を問う被災者らの声に東電は真摯(しんし)に向き合っていかなければならない。
 起訴状によると、東電の勝俣恒久元会長ら3被告は大津波を予見できたのに対策を怠り、東日本大震災による津波の浸水で原発の電源が喪失。水素爆発が起き、長時間の避難を余儀なくされた双葉病院(福島県大熊町)の入院患者ら44人を死亡させるなどした。
 裁判の主な争点は(1)第1原発の敷地の高さ(10メートル)を超える大津波を具体的に予見できたか(2)対策を講じていれば、事故を防ぐことが可能だったか-の2点だった。
 検察役の指定弁護士は、国の地震予測「長期評価」に基づいた最大15.7メートルの津波試算が08年には出ていることなどを根拠に「予見できた」と指摘。「津波の詳細かつ最新の情報を収集し、原発を止めたり安全対策を取ったりする義務を怠った」と主張した。
 一方、3被告は「長期評価には信頼性がなく、予見できなかった」と反論、想定されていなかった規模の地震と津波で事故は防げなかったと訴えた。
 東京地裁は判決で、長期評価について「十分な根拠があったとは言い難く、信頼性には限界があった」と判断した。さらに「3被告は高さ10メートルを超える津波が襲来することについて、運転停止措置を講じるべき結果回避義務にふさわしい予見可能性があったとは認められない」とした。
 第1原発事故の責任を巡っては民事訴訟でも争われている。これまでに、具体的な予見可能性を否定する判決が出ている一方で、「東電は津波を予見でき、事故を防げた」と東電の過失を認めた判決も少なくない。
 厳格な立証が求められる刑事裁判で無罪になったからといって、東電に責任がないとは言えまい。被害者らに償っていく社会的な責任もある。
 刑事裁判の限界が見えたとはいえ、強制起訴によって、旧経営陣がどのような情報に接し、どう判断し対応したかなど一定程度、法廷で明らかになったことは意義がある。国が推し進めてきた原子力政策の在り方を改めて検証する契機としたい。