[憲法記念日] 緊急事態条項は必要か
( 5/3 付 )

 憲法とは何だろうか。作家の井上ひさしさんは、端的にこう述べている。
 「法律というのは、政府が国民に対して発する命令である。一方、憲法というのは、国民が時の政府に対して常に発している命令である。そして憲法が法律に常に優越する」
 憲法が国のかたちを描く最高法規といわれるゆえんである。憲法問題を考えるとき、念頭に置いておかなければならない見解に違いない。
 自民党は2018年3月、改憲案4項目をまとめている。その後議論は停滞しているが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、にわかに注目されているのが4項目の一つ、緊急事態条項の新設である。
 安倍晋三首相は先月7日に新型コロナ特措法に基づき、初の「緊急事態宣言」を発令した。これを機に、緊急事態条項を憲法に新設しようとする動きが自民党内で表面化している。
 憲法は1947(昭和22)年に施行されてから一度も改正されず、きょうで73年になる。改憲の動きにどう向き合えばいいのか。主権者として政府に命令する立場の国民一人一人が考えたい。

■権力乱用への懸念
 自民党は米中枢同時テロや東日本大震災などが起きるたびに条項創設を訴えてきた。
 今回、議論の発端になったのは新型コロナの発生地となった中国・武漢から帰国した邦人の取り扱いだった。現行法ではできない強制隔離を求める意見が党内で上がり、創設論に再び火が付いた。
 条項は「大地震その他の異常かつ大規模な災害」が発生した際に、国会による法律制定を待たず、内閣が国民の生命、身体および財産を保護するための政令を定められるといった内容である。
 条項新設については法律家の間でも意見が分かれる。
 緊急時に政府が権限を行使する強い後押しとなるよう憲法に加えるのが望ましいという主張がある。一方で、国会での議論がないまま内閣が独断で政策を決められる仕組みは、権力の乱用を招くといった懸念の声が出ている。三権分立が崩れる恐れも指摘される。
 国民はどう考えるのか。
 共同通信社が3~4月に実施した全国世論調査では条項新設に賛成51%、反対47%で拮抗(きっこう)している。年代が高くなるほど反対する傾向が強かった。
 調査時期はちょうど学校の一斉休校や緊急事態宣言発令と重なり、海外では罰則付きの外出禁止といった強力な措置が取られるなど関心が高まっていた。
 それでも賛成がおよそ半数にとどまったのは新型コロナ感染拡大に大きな不安を感じながらも、私権を制限するなど政府の権力が過度に強化されることへの警戒感の表れに違いない。
 緊急事態条項には、大規模災害時に国政選挙が実施できない場合、国会議員の任期を延長することも盛り込まれている。議員の「空白」を生じさせないためと説明される。
 だが、現行憲法には有事を想定した参院の緊急集会の規定がある。あえて設けるのは、選挙を恣意(しい)的に先延ばしするためではないかと勘繰られても仕方あるまい。

■自治体権限強化を
 自然災害など大きな危機に直面したとき、被災地の状況をいち早く把握できるのは地元自治体である。政府に対応を委ねれば時間がかかるし、誤った判断を招きかねない。
 新型コロナ対策でも地方自治体が独自に、緊急事態を宣言したり企業の支援を打ち出したりするなど迅速に対応している。憲法で政府の権限を強化するよりも、自治体の首長に緊急時の権限を拡大する法整備を急ぐ方が現実的で有効ではないか。
 改憲案4項目のうち、安倍首相が特に強いこだわりを見せるのが9条への自衛隊明記である。自衛隊違憲論を解消したいとの思いがあるからだ。
 だが、政府はこれまで、自衛隊は「自衛のための必要最小限度の実力組織」だから、9条2項の「戦力」には当たらないと解釈し、国民から目立った批判は聞かれない。戦後75年近く、日本の平和主義実現に9条が果たしてきた役割は、国民に広く浸透している。
 安倍首相は2020年の改正憲法施行を提唱し、昨年の参院選の結果を踏まえて「議論は行うべきだという国民の審判は下った」と主張した。国民投票など改憲までの手順を考えれば目標の達成は不可能だが、21年9月までの自民党総裁任期中の改憲に意欲を示している。
 世論調査で憲法改正を巡る国会での議論を「急ぐ必要はない」との回答は6割を超えている。国民の根強い警戒感を考えれば、改憲より新型コロナの終息に向けた議論を優先し、個別の法律の中で対策を講じるべきである。