[「黒い雨」判決] 被爆者援護の拡大急務
( 7/31 付 )

 広島への原爆投下直後に降った放射性物質を含む「黒い雨」を巡り広島地裁は、国の援護対象区域外で雨を浴び健康被害を訴えていた住民84人(死亡者含む)を被爆者と認め、広島県などに被爆者健康手帳の交付を命じた。
 黒い雨による被害を巡る初の司法判断である。国が40年以上続けてきた援護対象区域の線引きを否定し、被害者救済を広げる画期的な判断といえる。
 もう一つの被爆地、長崎でも国が指定する地域外にいたため援護対象とならなかった人たちが被爆者と認めるよう裁判を続けており、この判決は追い風になるだろう。
 被爆から間もなく75年となる。黒い雨訴訟で放射線被害を訴える原告は70~90代。提訴時の88人のうち既に亡くなった人も多く、救済のために残された時間は少なくなりつつある。
 国は判決を重く受け止め、置き去りにされた被爆者の救済を急ぐべきだ。
 国が援護対象とする「特例区域」は、当時の広島管区気象台の技師らが原爆投下の数カ月後に行った聞き取り調査で1時間以上雨が降ったと推定した区域に当たる。国は1976年、この区域内にいた人は無料で健康診断が受けられ、一定の疾患がある場合は被爆者健康手帳も取得できるとした。
 指定直後から区域外で雨を浴びたとする証言があり、見直しを求める住民運動が起こった。中には境界線から数十メートル離れていただけで、同じような疾患があっても手帳の交付が認められず、援護を得られない人もいる。
 判決は、特例区域は「混乱期に収集された乏しい資料」に基づく線引きで正確な降雨域を示すのは困難としつつも、複数の専門家の意見や原告供述から「より広範囲で降った」と認めた。
 国が主張する「科学的根拠」を否定する一方で、原告らの体験に基づき被害者救済を重視した。同じような被害に苦しみながら、わずかな区域の違いで援護の有無が生じた不公平を考えれば妥当な判断といえよう。
 57年施行の原爆医療法などを引き継ぐ被爆者援護法は、原爆による放射線の後遺症などが他の戦争被害と異なる「特殊な被害」であるとし、国の責任で援護対策を進めてきた。
 ただ、80年代以降は「科学的根拠」を援護拡充の条件としてきた。援護の原資は税金であり国民の理解を得るためだったが、線引きに重きを置いた結果、必要な人への援護が漏れたとすれば、本末転倒と言わざるを得ない。
 住民らは雨を浴びた「被爆」の記憶を何度も訴えてきた。2010年には広島市が約1500人分の面接調査などを基に特例区域を約5倍に広げるよう国に要望したがいれられなかった。
 国は被爆地の声に誠実に耳を傾けてきたのか。これまでの姿勢を問い直す必要がある。