[池江五輪代表] 大病克服に励まされた
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 競泳の池江璃花子選手が東京五輪代表に決まった。白血病のため長期療養し、その後初めてプールに入ったのはわずか1年前である。
 奇跡とも言える復調に多くの人が驚き、称賛し、そして励まされたのではないか。
 「すごくつらくてしんどくても、努力は必ず報われる」。レース後、涙ながらにそう述べた。競泳への強い思いで病を克服、五輪切符を獲得した復活劇をたたえたい。
 池江選手はおとといの五輪選考会を兼ねた日本選手権で、女子100メートルバタフライを制した。400メートルメドレーリレーの選考基準を満たし、五輪代表入りを果たした。2016年のリオデジャネイロ五輪に続く2大会連続の出場である。
 輝かしい経歴を持つ。18年の日本選手権では、出場4種目全てで日本新記録を連発して優勝。同年のジャカルタ・アジア大会では6冠と最優秀選手を獲得し、さらに注目を浴びた。
 このため競泳だけでなく、東京五輪を控えた日本スポーツ界の期待を一身に背負うことになった。広告塔の役回りも前向きにこなし、疲労がたまっていったことは間違いないだろう。
 19年2月、白血病公表を決断した時の心境は察するに余りある。当時18歳。抗がん剤治療では1日に何度も吐き、体重は一時15キロ以上も落ちた。「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです」と告白したのに対し、多くの人が胸を痛めたのではないか。
 この時期、白血病への関心が高まった。治療に使われる骨髄の提供希望者(ドナー)の新規登録者は2、3月、鹿児島県内でも急増、同じ病気の患者を救いたいとの輪が広がった。
 競技人生すら危ぶまれ、つらい日々を過ごしながらも、6月には軽い運動を再開する。12月には退院し、24年パリ五輪を目指す意向を表明した。
 この時は懸垂ができず、腕立て伏せも膝をついて数回できる程度だった。東京五輪のことは本人はもちろん、誰も頭にはなかったはずだ。それでも悲観的にならず地道にトレーニングを重ね、昨年8月、1年7カ月ぶりに実戦復帰し驚異的な回復ぶりを披露した。
 今回、バタフライでの優勝にも驚く。復帰後まず自由形から始め、バタフライのレースは2月下旬の1大会だけだ。パワーも技術も必要な泳ぎで、上位に食い込むのはハードルが高いとみられていた。底力を見た思いがする。
 本人は「優勝できてうれしいが、世界と戦えるタイムではない」と前を向く。10日まで続く日本選手権には計4種目にエントリーしており、2枚目の五輪切符を得られるか注目したい。
 ただ、周りは過度にプレッシャーをかけることがあってはならないだろう。温かく応援したい。