[憲法とコロナ] 感染対策の課題検証を
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 新型コロナウイルス禍で、県境をまたぐ移動や外出の自粛など個人の行動が一部制限される生活が1年以上続いている。
 緊急事態宣言下では酒類やカラオケを提供する飲食店、大型商業施設に休業が要請された。感染対策に従わない事業者への罰則も設けられている。
 「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」
 憲法11条がうたう基本的人権は、人が生まれながらにして持ち、国家が保障しなければならない権利である。
 国民の健康や生命を守る上で、国が個人の権利を制限する場面はあるだろう。だがその際、法の設定や運用は最大限の慎重さが求められる。
 さらに、解雇や雇い止めなど厳しい暮らしを強いられた人々は憲法25条の「最低限度の生活」が維持できているのか。学校の休校と憲法26条の「教育を受ける権利」との関係も重要な課題に違いない。
 憲法が施行されて、きょうで74年。コロナ禍で浮き彫りになった課題を検証すべきである。

■条文軽視する政権
 政府は昨年4月、新型コロナの特別措置法に基づく緊急事態宣言を初めて発令した。不要不急の外出自粛が要請され、商業施設は軒並み休業した。
 「特措法と政令は、宣言を出す要件を経路不明の感染者が出た場合などと定めていた。(約1カ月半で全面解除されたが)条文通りの運用なら、昨年はほぼ1年を通して発令し続けなければならなかった」
 東京都立大の木村草太教授(憲法学)は条文の文言や趣旨を軽視した政府を批判し、こうした姿勢は2016年に施行された安全保障関連法にさかのぼると指摘する。
 安倍前政権は安保関連法で歴代政権が守ってきた憲法解釈を変更、集団的自衛権の行使を解禁した。本来なら改憲議論を深めるべきだったが、閣議で決定した。憲法学者の間では違憲との見解は依然として根強い。
 憲法の安定性を損なう姿勢は菅政権に受け継がれ、日本学術会議の任命拒否問題につながったと見ることができる。
 憲法23条には「学問の自由は、これを保障する」とある。これは学説の内容が国家権力によって直接侵害された歴史を踏まえて規定された。
 昨年10月、菅義偉首相は学術会議が推薦した会員105人のうち6人の任命を理由を示さずに拒否。いずれも安倍前政権の政策に反対意見を表明するなどしていたため、学問の自由や自律を侵害したと批判された。
 批判や異議に説明を尽くさず強弁で乗り切る政府に国民の疑念が深まるのは当然だ。今年2月成立した新型コロナ対策を強化する改正特別措置法と改正感染症法への反発が相次いだのは、こうした政府の強権的な姿勢も無関係ではあるまい。
 改正特措法は緊急事態宣言下で時短や休業の要請に応じない事業者への命令を可能にし、違反した場合は罰則を科す。
 実際に命令を受けた飲食チェーンが東京都に損害賠償を求めて提訴した。職業選択の自由を定めた憲法22条から導かれる「営業の自由」を侵害されたと主張している。命令が感染防止のための合理的な措置だったかどうかが争点になろう。

■恣意的運用を懸念
 一方、改正感染症法はコロナ感染者による入院拒否や入院先からの逃走、積極的疫学調査の拒否も罰則の対象になる。さらに、正当な理由なく入院受け入れの勧告に応じない医療機関を公表できるとした。
 罰則導入など政府の対応は、より私権を厳しく制限する方向へ傾きつつある。菅首相は「個人、事業者の権利に十分配慮しながら効果を上げていきたい」と語るが、「差別を助長する」との反発が聞かれる。入院拒否の患者や医療機関の事情をくんだ対応が不可欠だ。
 コロナ禍を受けて、自民党内から憲法への「緊急事態条項」新設を求める声が上がっている。同党が18年にまとめた改憲案4項目の一つで、大地震など大規模災害時に国会による法律の制定を待たず内閣が政令を定められるといった内容だ。
 これをコロナ対策にも適用し、強い強制力を伴う措置で外出制限やマスク着用を厳格に実施することなどを想定する。対策に手詰まり感が生じた場合、国会の議論を経ずにロックダウン(都市封鎖)に踏み切る可能性も否定できまい。
 国の感染症対策に国民をコントロールする側面があるのは、ある程度やむを得ない。だが、恣意(しい)的な運用で私権の制限に歯止めが掛からなくなる恐れはないか。
 憲法は国民ではなく、国家権力を縛るものと解釈される。コロナ下は憲法の条文に託された意義に国民一人一人が向き合うべき時でもある。