[雲仙火砕流30年] 減災へリスク再確認を
( 6/3 付 )

 長崎県の雲仙・普賢岳で死者・行方不明者43人を出した1991年6月3日の大火砕流から30年を迎えた。
 普賢岳は90年11月、198年ぶりに噴火した。火砕流は9432回発生、93年にも1人が亡くなった。土石流も頻発し、火砕流や噴石も含めた建物被害は2511棟に上った。
 噴火活動は約5年に及び、火山防災の転機となった。火山リスクの理解を深め、減災の歩みを進めたい。
 一連の噴火活動による溶岩の噴出量は2億立方メートルで、46年の桜島昭和噴火と同規模とされる。全国で初めて市街地に警戒区域が設定され、区域内は立ち入り禁止となった。最大で1万人超が避難生活を強いられた。
 被害想定や避難場所を示したハザードマップの重要性をはじめ、普賢岳で得られた教訓は、その後の災害に生かされてきた。ただ、今なお噴火予知が難しいのは変わらない。
 普賢岳は過去の噴火を踏まえ、溶岩が流出しても山腹からゆっくりと下り「危険性は低い」と考えられていた。むしろ、堆積した火山灰による土石流や、「島原大変」で知られる前回噴火と同じ山体崩壊が懸念された。
 予想に反し、地下のマグマは山頂火口から現れ、固まって溶岩ドームになる。マグマの上昇は続き、ドームが崩れて火砕流が発生した。
 火砕流は高熱のガスが火山灰や軽石などと一団になり、山を駆け下る。時速100キロを超え、逃げるのはまず不可能だ。当時、火砕流への知識は乏しく、6月3日の大火砕流では避難勧告地域に入っていた報道関係者や消防団員らが犠牲になった。
 風水害と違い、発生頻度が少ない火山噴火は未解明の部分が多い。普賢岳が教えるように過去と同じ現象が起きるわけでなく、噴火の規模や推移を予測するのは難しいのが現状だ。
 約300年ぶりのマグマ噴火となった2011年の霧島連山・新燃岳(鹿児島、宮崎県)、全住民が島外に避難した15年の口永良部島(屋久島町)の噴火で、警戒レベルの引き上げが発生後になったのは記憶に新しい。
 ハード、ソフト両面で防災対策が進んでいるとはいえ、命を守るには最終的に一人一人の行動にかかっている。火砕流で亡くなった記者らも危険性は認識していたはずで、自分は大丈夫という「正常性バイアス」が働き、避難しなかった可能性が指摘されている。この心理的特性はむろん、火山災害に限らない。
 鹿児島県内は11の活火山があり、桜島以外にも硫黄島(三島村)や諏訪之瀬島(十島村)などでも活発な活動が続く。噴火は時に地震や津波も引き起こし、リスクは多岐にわたる。日常的な噴火に慣れることなく、常に警戒心を持って向き合う姿勢が重要だ。