[小山田氏辞任] 五輪組織委また後手に
( 7/21 付 )

 東京五輪の開会式で楽曲制作を担当したミュージシャンの小山田圭吾氏が、雑誌のインタビューで学生時代のいじめを告白していた問題で、引責辞任した。
 開幕4日前にオープニングの楽曲が不使用になるという前代未聞の事態となった。
 大会組織委員会は過去の不祥事を教訓にできず、判断は後手に回った。反省するとともに、起用発表からわずか5日後の辞任劇の経緯を説明すべきである。
 小山田氏が担当したのは、開会式の冒頭約4分で使う予定だった楽曲である。式典の幕開けを飾る重要なパートだったはずだ。
 雑誌は1994年1月と95年8月に発行され、小山田氏は同級生を箱に閉じ込めたり、障害のある生徒をからかったりしたことを反省せずに語っていた。
 今月14日、組織委が小山田氏の起用を発表すると、雑誌での発言がインターネット上で一気に広まり批判の声が上がった。同氏はいじめを認め自身のツイッターで謝罪した。
 組織委は過去の発言を把握しておらず、謝罪を受けて「引き続き準備に尽力していただきたい」と続投の道を探った。
 ところが、国内外からの批判はやまない。政権からも「いじめは全く許されない」と突き放され、万事休した。
 知的障害者の親らでつくる「全国手をつなぐ育成会連合会」は「凄惨(せいさん)な内容で、いじめというよりは虐待、暴行と呼ぶべき所業」と非難。こうした行為を笑いながら再現したのは、四半世紀以上前の記事とはいえ言葉がない。いじめられた側への思いが感じられないのは人権感覚を疑う。
 また、こういった発言を無批判に載せた雑誌にも責任があろう。
 一番の問題は、小山田氏を続投させようとした組織委の判断である。直ちにいじめの深刻さを考慮すべきだったのに、批判を再三受けた後に方針転換するという対応は甘すぎる。
 今年2月、組織委会長だった森喜朗氏の発言の際も同じだった。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言し、批判を浴びた。組織委は当初、森氏の辞任回避を模索。森氏は発言を撤回し謝罪したが批判は強まり、結局辞任に追い込まれた。
 3月には開閉会式の企画、演出の統括役が、女性タレントの容姿を侮辱する演出案を関係者に提案していたことが発覚し辞任している。五輪関連の一連の人選には疑問の余地があると言わざるを得ない。
 大会が掲げる「多様性と調和」に背く問題が続いているのは情けない。組織委はこうした五輪の原点を改めて自覚しなければならない。