[菅首相退陣へ] 極まった国民の不信感
( 9/4 付 )

 菅義偉首相(自民党総裁)がきのう党臨時役員会で総裁選に立候補しない意向を示した。就任から1年、事実上の退陣表明である。
 最優先と訴えてきた新型コロナウイルスの感染対策が後手と批判され、党内の求心力が低下していた。劣勢を挽回できそうもないと判断したのだろう。
 臨時役員会後の取材に「コロナ対策に専念したい」などと理由を説明したが、わずか2分程度一方的に話し、報道陣の質問には答えないまま切り上げた。
 感染力の強いデルタ株が広がり医療提供体制が逼迫(ひっぱく)する中での退陣は無責任ではないか。唐突な表明について国民に説明を尽くすべきだ。
 首相の独善的な手法に国民の政治不信は高まっている。看過してきた自民党の責任も重い。次期首相を決める場ともなる総裁選は17日告示、29日に投開票される。自民党は政権運営の在り方を見直す契機としなければならない。

■“上意下達”の功罪
 首相は、官房長官として約7年半支えた安倍晋三前首相の持病悪化に伴う辞任表明を受け、昨年9月の総裁選で勝利した。
 行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打ち破る「国民のために働く内閣」を掲げ、自ら旗を振る“上意下達”で次々に課題に取り組んだ。
 こうしたトップダウン方式が奏功したのが携帯電話の料金引き下げだろう。また、新型コロナの対応で遅れが際立った行政のデジタル化を掲げ、司令塔となるデジタル庁が発足したばかりだった。
 気候変動問題では、温室効果ガス排出を2050年までに実質ゼロにするとし、30年度に13年度比で46%削減を目指すことを国際公約。世界の潮流である脱炭素にかじを切ったことには評価する声もある。
 だが、最重要課題の新型コロナ対策は失態続きだった。
 経済活動を後押しする観光支援事業「Go To トラベル」にこだわった結果、感染拡大を防げなかった。
 ワクチン接種も欧米各国と比べてスタートが遅れた。ようやく始まると、職場での接種を求めながら、想定を超える申請に供給量が追い付かないちぐはぐな対応で現場を混乱させた。
 コロナ禍は長引き、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置を計33都道府県に発令する事態に追い込まれている。専門家の分析に基づく対策強化の要請を軽んじてきたことは否めない。
 それが如実に表れたのが、緊急事態宣言下で強行開催した東京五輪だろう。国民にも中止を求める声が強い中、開催ありきで突き進んだ。五輪で人々の気が緩み、東京を中心とする感染の急拡大につながったと指摘する専門家もいる。
 こうした事態は、首相が自ら描く楽観的なシナリオを優先した結果ではなかったか。
 発令を重ねる緊急事態宣言も当初のような人の流れを抑制する効果は表れていないという見方もある。国民の理解と共感を得られなければ政策の実効性は高められないことを示していると言えよう。
 政治への信頼を取り戻すことが急がれるが、説明を尽くさない首相の姿勢を見続けてきた国民の不信は根深い。

■信頼される政治に
 例えば「政治とカネ」の問題だ。19年の参院選広島選挙区を巡り河井克行元法相が今年6月、実刑判決を受けた買収事件では自民党が投じた巨額資金が買収の原資になったのではないかとの疑念が持たれている。首相は官房長官としててこ入れを図った経緯があるが、解明に積極的に動いてこなかった。
 安倍前首相の後援会が「桜を見る会」前日に主催した夕食会の費用補填(ほてん)問題や、日本学術会議の会員任命拒否、総務省官僚の違法接待でも説明を尽くす姿勢は見られない。
 こうした国民の不満は選挙結果にも表れた。今年4月、次期衆院選の前哨戦と位置付けられた衆参3選挙で不戦敗を含め自民党は「全敗」。先月の横浜市長選でも首相が全面支援した小此木八郎前国家公安委員長が、野党系候補に大差をつけられ落選している。
 内閣支持率が続落する中、総裁再選へ二階俊博幹事長ら党役員の交代人事で局面を変えようとしたが、求心力を回復できず辞任に追い込まれた格好だ。
 総裁選の構図は大きく変わるだろう。ただ、首相が当選した1年前のように閣僚ポストなどを狙う派閥の論理だけで再びトップを決めるようでは国民の信頼を取り戻せまい。
 衆院議員の任期は来月21日に迫る。自民党内には「菅首相では衆院選は戦えない」との不満が渦巻いていた。
 自らの選挙で有利に働くかどうかだけで総裁を選ぶ内向きの基準は保身そのものだ。総裁選は今後の自民党の在り方を占う試金石となる。