[外交・安保展望] 平和国家 今こそ前面に
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 岸田政権による安全保障政策の歴史的転換は、戦後の平和外交に大きな変化をもたらす可能性がある。
 軍備増強を着々と進める中国や、ミサイル発射を続ける北朝鮮など周辺国の軍事的脅威は増す。ロシアによるウクライナ侵攻は終結が見えず、核兵器を巡っても国際情勢は悪化の一途をたどっている。
 軍拡競争が激化すれば、東アジアなどで平和と安定が損なわれる。日本はエネルギー資源の多くを輸入に頼り、食料自給率も低い。周辺国との協調が不可欠だ。
 米国一辺倒でなく、独自の外交で諸国に相対しなければならない。専守防衛に徹し、平和国家を前面に打ち出すべきである。
 5月に広島市で先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)があり、全国各地で14の閣僚会合も開催される。さまざまな国際問題に粘り強く取り組み、世界から信頼を得る努力が求められる。

■共生の道探りたい

 先月閣議決定した「国家安全保障戦略」は、中国を国際秩序への「最大の戦略的な挑戦」と位置付け、台湾有事の可能性にも言及。北朝鮮は「重大かつ差し迫った脅威」、ロシアは「安全保障上の強い懸念」との認識を示した。日本周辺で「力による一方的な現状変更の圧力が高まっている」と安保環境の悪化を強調する。
 中国の習近平国家主席は、今世紀半ばまでに米国に比肩する近代化された「社会主義強国」をつくり上げ、「世界一流の軍隊」保有を目指すとしている。
 国防費は米国に次ぐ世界2位で、核・ミサイル戦力などを急速に拡大し、昨年は3隻目の空母を進水させた。
 台湾の武力統一を否定しておらず、昨年8月には米下院議長の訪台に反発し、日本の排他的経済水域(EEZ)を含む台湾周辺へミサイルを発射する大規模な軍事演習を行った。
 日本領海の沖縄県・尖閣諸島周辺や屋久島の南などにも艦船が侵入し、その都度緊張が高まっている。日本の防衛体制を見直す必要性があるのは確かだろう。
 米中の覇権争いの中で、日本は中国国内の基地なども想定した反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を打ち出し、米国と共に武力で対抗する姿勢を鮮明にした。日中関係が一層深刻化する恐れが否めない。
 岸田文雄首相は昨年11月、習氏と対面で初めて会談し、建設的で安定した関係づくりに合意したばかりだ。日中は対話を通じて安全保障に関する疑念の払拭に努め、軍縮と共生の道を目指すべきである。
 北朝鮮は日本上空を通過する弾道ミサイルを撃つなど軍事的挑発を繰り返す。一方、日朝交渉はここ数年、全くと言っていいほど進展が見られない。
 中朝両国とも、強大な軍事力を持つ米国を相手に軍事や外交を展開している。日本の安保転換が外交力の裏付けとなるのかどうかは不透明だろう。
 北朝鮮の核・ミサイルへの対応には韓国との連携が重要となる。日韓首脳は昨年11月、約3年ぶりに正式な会談を行った。対話の機会を増やし、冷え込んだ関係の修復を図ることが急務だ。
 日本人拉致問題では政府は米韓と連携しつつ、解決へ向け手を尽くしてもらいたい。被害者全員が帰国できることを望む。

■核軍縮へ指導力を

 ロシアのウクライナ侵攻開始から来月24日で1年となるが、その間プーチン大統領は核兵器使用の威嚇を繰り返している。
 昨年8月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、ウクライナの原発の安全管理に関する記述にロシアが反対し、2015年の前回会議に続き決裂した。2回連続で合意形成に失敗したのは、国際的核秩序の礎石であるNPTが53年前に発効して以来初となる非常事態だ。
 21年発効した核兵器禁止条約も、推進する非保有国と、核抑止力を認める核保有国などとの間で分断が深まっている。昨年の締約国会議に日本はオブザーバーとしても参加しなかった。自認する双方の「橋渡し役」を果たせていないと言わざるを得ない。
 広島、長崎への原爆投下から今年78年を迎える。だが、被爆地が悲願とする核兵器廃絶への道筋が今なお見通せないのは残念でならない。
 広島サミットではウクライナ危機、台湾海峡の安定などに加え、首相はライフワークとする「核なき世界」実現もテーマにしたい考えだ。
 戦後、日本は非核三原則や専守防衛で平和国家の看板を維持し、武力をちらつかせる大国外交とは一線を画してきた。
 安保政策を転換する中、広島サミットでは議長国として国際社会に何を訴え、どんな成果を目指すのか。平和と核軍縮に向けた首相の力量が問われる。