南日本新聞社は創立140年を迎えました。年齢の合計が同じ140歳になる家族を募ったところ、たくさんのすてきな笑顔に出会いました。コロナ禍を乗り越え、一日も早く日常を取り戻したい。この1年のスローガンは「あしたは笑顔に―南日本新聞」。県民のみなさんともっと関係を深め、今よりいい未来を目指します。

林キリさん(78)、真綾さん(12)、眞隆さん(50) 姶良市加治木

投稿で救われた心

 1990年春、林キリさんは夫の辰彦さんを亡くした。脳幹出血だった。3人いる子どもの一番下は高校2年生。しゅうとめも寝たきりで、自宅で面倒をみていた。

 当時47歳。突然の別れに「どうしよう」と途方に暮れた。心にぽっかり穴があき、すさまじい喪失感に襲われた。夫と一緒に行った場所の近くを通るたびに涙がこぼれた。

 半年後、心の穴を埋めるため、夫に話しかけるつもりで文章を書いた。夫は山登りが好きだった。休日になるとキリさんと子どもたちを連れ霧島の山を訪れていた。思い出とともに「来年の銀婚式には信州に行こうと計画していたのに、約束を破って一人でさっさと旅立ってしまい、あなたの山登りとそっくり」。そうつづり、南日本新聞に投稿した。

 「天国への紅葉だより」と題した一文は、「かすり随筆」に掲載された。知人から励ましのハガキや電話がきたのが、うれしかった。「書くことで心が救われ、元気が出てきた」と当時を振り返る。

 両親と義理の両親をみとり、60歳で准看護師として勤めていた病院を退職。子どもたちは巣立ち、孫が4人生まれた。二世帯住宅に長男の眞隆さんと妻万里子さん、3番目の孫真綾さんと暮らす。

 眞隆さんは言う。「母は働きづめでも子どもの前で泣いたりしなかった。苦労した分、親孝行してあげたい」。キリさんは息子や孫のそんな気持ちに触れるたびに、報われたと思う。

 「夫に孫を抱かせてあげられなかったのが残念だけど、今は家族に囲まれてとても幸せ」と話す穏やかな日々。眞隆さんがポストから持ってくる新聞を今朝も広げる。

谷口幹男さん(71)、光代さん(69) 出水市高尾野

がん克服の夫と「幸せ、だね」

 夫婦は集団就職先の大阪で出会い結ばれた。高尾野町(現出水市)生まれの谷口光代さんはプロポーズを受けるとき、「実家を継がないといけない」と告げた。北海道出身の幹男さんに迷いはなかった。「行くよ」

 1980年、2歳になった長男を連れて光代さんの古里に移り住んだ。数カ月後に長女が生まれて4人家族になった。

 方言が分からない幹男さんは戸惑いの連続だった。そんな夫の苦労と、若い家族を支えてくれる周囲への感謝を、光代さんは南日本新聞の「かすり随筆」に投稿した。人々がより理解を深めてくれたのがうれしく、その後も「ひろば」への投稿を続けた。

 幹男さんにすい臓がんが見つかったのは、地域にすっかりなじんだ45歳の時だ。余命1年の診断だった。しかし光代さんは夫に伝えなかった。「楽天的な人だけれど、教えたらダメになると思って」

 別の病気と信じ込んでつらい治療を続けた幹男さんは、奇跡的に回復した。「楽天的」が幸いしたのかもしれない。真実と妻の気遣いを知ったのは何年も後のことだ。

 今は田んぼと菜園で食べるだけを育てて過ごす夫婦。「元気で生きている。幸せ、だね」。毎夜、1歳になった初孫の動画を一緒に見て、床に就く。

遠矢美枝さん(85)、公子さん(55) 日置市日置

親子でつなぐ新聞7部

 日置市日吉町日置の山あいに広がる遠矢ケ原集落で、遠矢美枝さんと娘の公子さんは、親子2代、20年にわたって南日本新聞を配達している。かつて20部ほどあったが、人口減少や高齢化で現在は7部。高低差のある山道に点在する家々に、徒歩で届けている。

 1989年、夫の辰一さんを事故で失ってから、親子2人で支え合ってきた。当時、婦人会や寺の役員を任され、「悲しんでいる暇もなく乗り越えてきた」と美枝さん。募集チラシを見て「歩くきっかけに」と始めた新聞配達を、17年前、公子さんが引き継いだ。

 毎朝午前5時15分に出発し、35分かけて配る。暗い冬の朝、凍った坂道で足を滑らせたことも。心配する美枝さんが「そろそろやめたら」と勧めても、「新聞が来ないとみんなが困る」という使命感で続けている。

 高齢者が大半の集落で、公子さんは住民たちから実の娘のように頼りにされている。買い物や通院に、日吉の中心部や伊集院まで車で連れて行くこともしばしばだ。「困っている人の役に立てるのはありがたいこと」。面倒見のいい美枝さんとともに、小さな集落になくてはならない存在だ。

牧原純一さん(59)、怜那さん(17)
有紀さん(49)、尚彗さん(15) 鹿児島市

スクラップに愛を込めて

 鹿児島情報高校2年の牧原怜那さんは、小学校教諭になるのが夢だ。子どもたちの成長を見守り、得意の囲碁も教えたい。中学校校長の父・純一さんと同じ道に進む未来を思い描いている。

 そんな父が5年も前から毎朝、南日本新聞のコラムと社説をホームページからデータ保存し、スクラップしていると知ったのは最近だ。怜那さんの大学受験に備え、「小論文対策には新聞を読むのがいい」とテレビ番組で見て始めたらしい。

 小学生のころは、よくしかられ、中学受験を巡り言い合いになったこともある。今は父が指宿市の開聞中に赴任しているため、離れて暮らす。話をするのは「業務連絡程度」と素っ気ない。

 それでも、母の有紀さんは娘の成長をしっかり感じ取っている。「夫婦のいざこざが始まると私より父親の加勢をすることもある」とうれしそうだ。

 「スクラップには父の愛情を感じる。これから1年間、受験に向けて頑張ります」と怜那さんは照れ笑いを浮かべる。合格したら、使ったスクラップを、弟の尚慧さんに引き継ぐつもりでいる。

投稿してくださったみなさん(敬称略)
大窪博明(73)、勝子(67) 鹿児島市
川元英経(44)、英理子(41)、結愛(18)、蒼生(15)、駿大(13)、光翠(9) 奄美市
今給黎征郎(51)、春代(49)、百合花(21)、明日太(19) 姶良市
石口一行(70)、正子(70) 指宿市
小牟田多鶴子(57)、敏文(33)、敏哉(8)、咲菜(2)、福冨智志(37)、日和(3) 鹿児島市
野頭康洋(71)、洋子(69) 福岡市
山下明海里(15)、理香(49)、海征(76) 大崎町
三原順(71)、澄江(69) 霧島市
  • ・森田浩次(53)、信(42)、雄也(18)、将巧(15)、翔寿樹(12)=出水市
  • ・今村博美(92)、塚脇一(38)、服部佑里子(7)、川野由莉(3)=鹿児島市
  • ・岩元實義(85)、猛(55)=薩摩川内市
  • ・永山良一(71)、たみ子(69)=曽於市
  • ・山口善人(71)、和代(69)=薩摩川内市
  • ・竹ノ内司(72)、智子(68)=南さつま市
  • ・新屋道治(67)、智子(35)、奈緒子(31)、晃大郎(4)、公之(2)、宗汰(1)、知佳子(0)=鹿児島市
  • ・竹之内正喜(73)、恵子(67)=南九州市
  • ・吉峰宗仁(70)、マチ子(70)=伊佐市
  • ・田原哲男(73)、キミ子(67)=姶良市
  • ・米満ツヤ子(80)、和彦(51)、宮本泰雅(9)=鹿児島市
  • ・川畑義信(72)、美恵子(68)=いちき串木野市
  • ・松永初男(71)、久子(68)、暖(1)=鹿児島市