2.JR鹿児島駅

 今回、黒猫の駅長さんが紹介するのはJR鹿児島駅(鹿児島市浜町)です。かつて陸の玄関口としてにぎわった鹿児島駅も、昭和40年代以降は活気が失われていきました。今年秋には5代目駅舎が完成する予定です。地域の新たな“顔”として期待は高まるばかりです。


秋に5代目駅舎お目見え


 JR鹿児島駅は1901(明治34)年、鹿児島線(今の日豊線)の国分(今の隼人駅)―鹿児島間が開通した時に始発駅として開業したのだ。13(大正2)年には川内線(今の鹿児島線)鹿児島―東市来間が開通し、2代目の駅舎が完成。今も鹿児島線、日豊線の終点で、出発する列車全てが上り列車という、全国でも珍しい駅なんだな。
 14(大正3)年の桜島の大正噴火では線路などがこわれて不通となり、避難者が殺到したそうだ。45(昭和20)年7月の上町空襲では、満員の列車4本が停車していたところを爆撃され、死者約400人をはじめ大勢の犠牲者が出るなど、悲しい歴史もあったのだ。
 交通の拠点としてにぎわった鹿児島駅も、68(昭和43)年に旅客列車のほとんどが西鹿児島(今の鹿児島中央)駅始発となると、しだいに活気が失われてしまったのだ。
 そんな鹿児島駅周辺に、2016年には上町ふれあい広場・上町の杜公園(通称かんまちあ)が完成。今年秋には大正時代の駅舎の外観をもとに、白と黒を基調にしたデザインの5代目駅舎がお目見えする。新しい駅舎とともに、新たな歴史をつくってもらいたいな。


 昨年まで使われていた鹿児島駅の4代目駅舎を描きました。完成した1976(昭和51)年当時、既に国鉄の財政は火の車でした。厳しい時代をくぐり抜け、国鉄は民営化されJRとなりましたが、駅舎は大きく姿を変えることなく、南九州の鉄道を見守ってきました。
 私にとって鹿児島駅と言えば4代目駅舎です。ここから列車に乗るというよりも貨物列車目当てで訪れることが多かったです。新しい駅舎が完成しても、私の記憶の中では4代目駅舎が生き続けるでしょう。

1.鹿児島市電


 1912(大正元)年12月、全国28番目の路面電車として、武之橋-谷山間6.4キロで運行を始めました。速さと便利さが人気を呼び、鹿児島駅や武駅(今の鹿児島中央駅)、伊敷などへ線路を延ばしました。マイカーの普及で85(昭和60)年に伊敷線と上町線を廃止しましたが、21世紀に入ると超低床電車の導入やセンターポール化、軌道敷緑化に取り組み、注目を集めています。今は1系統(鹿児島駅前-谷山間9.4キロ)と2系統(鹿児島駅前-郡元5.8キロ)を運行し、年間約1000万人が利用しています。


 鹿児島市電から、1955年登場の古参車両500形電車を描きました。登場以来60年以上、大きく変化する交通情勢の中で大きな改造を施され、新鋭車両にはさすがに見劣りしつつも、変わらず活躍する姿がお気に入りです。
 市電に乗る時、この500形や同じく古参の600形などがやってくると、正直なところ新型車両よりもうれしくなります。近年改良された谷山線(1系統)の専用軌道を最高速度でぶっ飛ばす時など、乗っていて心が躍ります。