桜島忘れがたく、安永大噴火で移住241年 都城・瀬之神神社

(2020/01/13 06:30)
記念碑や鳥居について説明をする谷頭自治公民館の上小牧一郎館長=都城市野々美谷町
 241年前に桜島から移住してきた祖先の思いを後世に-。都城市野々美谷町の瀬之神神社の鳥居前には、1779(安永8)年の桜島大噴火で島民が移り住んだことを伝える記念碑が立つ。谷頭地区の有志が17年前、神社を移転新築した際に建てた。住民は初詣に訪れたり、年に3度の例祭をしたりして、故郷を離れ、新天地を切り開いた先人たちをしのぶ。
 野々美谷町と隣の山田町谷頭(中霧島)は、溶岩流などで家を失った人たちが鹿児島藩の命令で移住した。1968(昭和43)年に発行された谷頭開拓由来記には、「桜島炎上で死んだ島民は百四十余人、一時鹿児島城下に避難せしもの二千余人」とあり、「私たちの祖先は安永8年、桜島の大爆発が起きた際、33戸で移住土着した」「荒廃せる未踏の地を切り拓(ひら)いた」とつづられている。
御神体として納められている丸石
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