時計 2020/11/20 06:30

「日英友好の懸け橋に」 東郷元帥ゆかりのイチョウ、英から鹿児島に“帰郷” 22日、多賀山公園に植樹

東郷平八郎像の前で、ゆかりのイチョウの苗木を持つ鹿児島日英協会の島津公保会長(右)ら=鹿児島市の多賀山公園
東郷平八郎像の前で、ゆかりのイチョウの苗木を持つ鹿児島日英協会の島津公保会長(右)ら=鹿児島市の多賀山公園
 鹿児島と英国との友好の懸け橋に-。日露戦争でロシア艦隊を破った旧日本海軍の東郷平八郎元帥(1848~1934年)が、英国留学していた当時から現地に残るゆかりのイチョウが、東郷の故郷・鹿児島市に里帰りした。東郷の銅像がある多賀山公園に、挿し木の苗が植えられることが決まり、鹿児島日英協会は22日、植樹式を開く。

 東郷は1871(明治4)年から7年間、英国に留学し、日本政府が英に発注した軍艦の初代「比叡」に乗って帰国した。造船所のあった英西部ウェールズのペンブロークにも滞在し、建造を監督。77年の進水式の際、日本政府は感謝のためにイチョウを贈り、東郷の暮らした宿舎の庭に植樹された。この時、イチョウを寄贈したのも、鹿児島出身の駐英特命全権公使、上野景範(1845~88年)だった。

 英地元では、ロシアのバルチック艦隊を敵前大回頭「東郷ターン」で破り、後に「東洋のネルソン提督」として名をはせた東郷ゆかりの木として語り継がれてきたという。

 “帰郷”の計画が動き出しのは2年前。ペンブロークの郷土史家デービッド・ジェームスさんが、大木に育ったイチョウの挿し木を日本に送る「東郷リターンズ」計画を発案した。ウェールズで30株ほどを育てた後、計画に賛同した日本郵船グループが無償で日本に空輸した。昨年12月から広島県内で日本の風土に順応させ、これまでに呉市と東郷を祭る東郷神社(東京)が受け入れた。

 鹿児島への植樹は鹿児島日英協会が、2年がかりで進めてきた。同協会の狩所(かりどころ)貴久事務局長(43)によると、協会が市に寄贈する形で、多賀山公園への植樹が決まったという。

 イチョウを英国に贈った上野は、鹿児島城下生まれ。蘭学隆盛だった幕末に英学の必要性を痛感し、独自に英学に転向。鹿児島の開成所で講義を担当するなど、英学が薩摩藩で主流となるきっかけをつくった。

 同協会の島津公保会長(70)は「郷土の偉人ゆかりのイチョウが里帰りするのは感慨深い。日英友好の絆を深めるシンボルとなってほしい」と、イチョウが根付き、大きく育つことに期待を寄せた。