時計 2021/01/14 20:00

爆撃機「彗星」の残骸"帰還" 芙蓉部隊戦没隊員の遺影と展示 曽於

彗星の機体の一部を持つ前田孝子さん(左)ら。後ろに並ぶのは、戦没隊員の遺影=曽於市埋蔵文化財センター
彗星の機体の一部を持つ前田孝子さん(左)ら。後ろに並ぶのは、戦没隊員の遺影=曽於市埋蔵文化財センター
 太平洋戦争末期、海軍岩川基地(曽於市)に駐留した芙蓉(ふよう)部隊が使っていた艦上爆撃機「彗星(すいせい)」の機体の一部が、部隊を顕彰する市民団体「岩川芙蓉会」から市に寄贈された。同会は昨夏から戦没隊員の遺影収集にも力を入れており、これまでに集めた26人分の遺影とともに市埋蔵文化財センター内にある資料コーナーに展示される。

 芙蓉部隊は1945年1月に藤枝基地(静岡県焼津市、現航空自衛隊静浜基地)を拠点に発足。5月から岩川基地に移駐し、夜襲に特化した戦術で沖縄戦に参加した。指揮官だった美濃部正少佐は特攻に異議を唱えたことで知られる。

 寄贈された彗星の機体は45年4月、訓練中の事故で藤枝基地近くの海に墜落し、82年に引き揚げられたもの。主にエンジンやプロペラ付近の装甲板で、裏側には「彗」「315」などの文字が残る。

 岩川芙蓉会は遺影収集を通じ、隊員遺族を支援している焼津市の塚本保司さん(77)と知り合い、昨年12月に塚本さんが保管していた装甲板などを譲り受けた。

 遺影収集は岩川芙蓉会の前田孝子さん(75)=鹿児島市玉里団地3丁目=が中心となって進め、昨年末までに戦没者名簿に載っている105人のうち、31人の遺族と連絡が取れた。資料コーナーに飾られる26人は25~18歳で戦死しており、あどけなさの残る遺影もある。

 前田さんは「戦後75年を経て岩川に戻ってきた彗星、若くして戦場に命を散らした飛行兵の姿を見てもらい、改めて反戦平和の大切さを感じてもらいたい」と話した。

 市埋蔵文化財センターは新型コロナウイルス感染防止のため、22日まで閉館している。
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