時計 2021/01/23 14:00

「やめて」真っ赤なケチャップに血相変えた母…父の命奪われた県内被爆者の「語り継ぐ」覚悟 核兵器禁止条約発効

両親の遺影を持つ木原幹雄さん(左)と妻の民子さん=南さつま市加世田川畑
両親の遺影を持つ木原幹雄さん(左)と妻の民子さん=南さつま市加世田川畑
 22日発効した核兵器禁止条約に、唯一の被爆国である日本は参加していない。5歳の頃、長崎で被爆し、父を亡くした南さつま市加世田川畑の木原幹雄さん(80)は、最近の政治が「戦中回帰」に映り心配でならない。批准国に感謝し「悲劇が二度と繰り返されないよう、語り継いでいかなければ」と覚悟を新たにした。

 一家6人で暮らしていた長崎市御船蔵町の自宅は、爆心地からわずか1.8キロ。原爆が投下された日、虫捕りに出掛けようと土間に下りた直後、爆風に飛ばされて倒れていたと聞く。しばらくして空を見上げると、真っ赤な太陽を直視できたことを覚えている。まぶしくなく、きのこ雲の影響とみられる。自宅は焼け、避難する道中には倒れた人や馬があふれていた。「1分早く家を出ていたら、焼け焦げて死んでいただろう」

 家族によると、造船工場で働いていた父は全身にやけどを負い、裸同然の姿で帰宅した。近所の安否確認のため駆け回り、10日後に息を引き取った。最後はつじつまの合わない話をした。遺体は田んぼで焼き、みそつぼに遺骨を納めた。幼かった幹雄さんに父の記憶はなく、家が焼けたため、残る写真も遺影1枚。「頑張り屋で優しい人だったのだろう」と想像する。

 故郷加世田に戻った母は、4人の子を育てるため、農家の手伝いや行商で働きづめ。貧しく、生活保護も受けた。昔話は嫌がり、真っ赤なケチャップ料理を見て「これだけはやめて」と血相を変えたことも。「思い出すのもつらかったのだろう」と察する。

 妻の民子さん(75)は、親の反対を押し切って幹雄さんと結婚した。「被爆者だから、早死にするかも」と不安もあったと明かす。

 幹雄さんは戦争を知る世代が減り、異論を封じ込めるような最近の政治に不安を覚える。条約発効を機に、核廃絶に向けた世論が高まり、政府を突き動かすことを期待する。「孫たちに同じ思いはさせたくない」。被爆者の願いだ。