時計 2021/04/11 21:00

日本建築の洋風化の過程が分かる 築100年、南銀創業者・高木邸移設へ 鹿児島神宮が購入、管理担う

奥座敷と手前の座敷はそれぞれ15畳。鹿児島無尽の株主総会の後、ここでの盛大な宴席が慣例になっていたという(霧島市教育委員会提供)
奥座敷と手前の座敷はそれぞれ15畳。鹿児島無尽の株主総会の後、ここでの盛大な宴席が慣例になっていたという(霧島市教育委員会提供)
 南日本銀行の創業に関わった高木時吉さん(1892~1944年)が出身地・霧島市に建てた築100年近い邸宅が、約5キロ離れた鹿児島神宮に移される。遺族から譲渡を受けた神宮が活用を模索。解体は終わり、今後は数億円と見積もる復元費が課題となる。新型コロナウイルスの収束時期をにらみながら、広く寄付の呼び掛けを始める計画だ。

 隼人港近くの延べ床面積約300平方メートルの木造平屋。5年を費やして1927(昭和2)年に完成した。12畳半の洋館を応接間として併設し「日本建築の洋風化の過程を示す貴重な例」と評される。

 完成当時、高木さんは現在の南日本銀行に連なる「鹿児島無尽」の代表を務めていた。ふすま絵や床柱など室内装飾には主人の好みが色濃く反映された。

 ただ近年は老朽化が進み、遺族が維持管理を担ってくれる買い手を探していた。相談を受けた神宮は、国史跡の神宮敷地内への移築が可能かどうか文化庁と協議。内部でも話し合いを進め、関係者の「ゴーサイン」が出たことから2019年、建屋を含む敷地3630平方メートルを購入した。

 神宮によると地鎮祭や棟上げのおはらいに宮司が出向いた記録が残り、庭には分社が祭ってあった。「神宮とつながりも深く、文化的価値が高い屋敷を大事にしたい」と伊賀昇三禰宜(ねぎ)は話す。

 解体には今年1月末着手。市指定文化財でもあるため福岡の専門業者が担った。資金のめどがつき次第、神宮駐車場に元の姿を再現する予定で、材木や内装部材を保管してある。「市民の発表や、観光・ビジネス客のおもてなしに使ってもらえるような場所にしたい」と準備を進める。
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