薩英戦争の記憶、後世に 錦江・松崎砲台跡で砲戦記念日式典

(2018/07/05 20:00)
薩英戦争で交戦した松崎砲台をPRする住民ら=錦江町馬場の同砲台跡
 錦江町の住民グループは3日、同町馬場に残る薩英戦争の遺構「松崎砲台跡」で砲戦記念日の式典を開いた。薩摩藩と英艦隊が155年前のこの日に砲火を交えた歴史を後世に語り継ごうと、保全や周知の意気込みを新たにした。
 遺構は薩摩藩が幕末に鹿児島湾沿岸などに構築した砲台の一つ。町郷土史によると、長さ60メートル、幅10メートルの土台の周囲を直径30~40センチの切り石で囲み、大砲3基を25メートルおきに配置してあった。
 薩英戦争では、英艦隊が1863(文久3)年7月3日、錦江町沖から同町に数発を打ち込んだ。民家などが被弾したが、人的被害はなかったとされる。薩摩藩も松崎砲台から反撃し、英艦隊はその日のうちに去った。
 砲台の石垣は明治期に払い下げられ、一帯は手入れされず放置された。昨年、明治維新150年に合わせて住民グループ「松崎砲台跡見守り隊」が発足。一部が残った石垣周囲のやぶを払い、手作りの説明板を取り付けるなどして活用を図っている。
松崎砲台跡に手作りの説明板を設置する住民ら=2017年12月、錦江町馬場
(記事全文は6日付南日本新聞おはようネット県外版モバイルサイトでご覧になれます)

フォトニュース