2021/06/19 10:00

乗艦「夕凪」を狙うB17。慌てなかった艦長は、投下時のピカッと光る一瞬を待ち「面かじいっぱい」。爆弾はすぐそばの海にバタバタ落ちた。命拾いした〈証言 語り継ぐ戦争〉

一等水兵時代の荒木政雄さん
一等水兵時代の荒木政雄さん
■荒木政雄さん(99)西之表市西町

 1942(昭和17)年6月に下関を出た駆逐艦「夕凪」は、数週間かけてパラオに着いた。栄養を取ってかっけを防ぐため島に上陸すると、妹の同級生と再会した。「まさかこんなところで」と驚いたが、種子島出身者は他にもいた。

 しばらくしてニューブリテン島のラバウルに到着。すぐ空襲警報が鳴った。B17爆撃機が1発の爆弾を落とし、近くの海上で爆発した。たちまち現地の人がカヌーで来て、慣れた手つきで浮いた魚を拾っていった。火山が頻繁に噴火する島で夜襲の目印にされていた。近くの滑走路を狙って豪州から敵機が飛来し、空襲が多かった。

 占領下にあった周辺の島々をパトロール中、B17が夕凪を狙い澄まして追ってきた。爆弾の投下時にピカっと光る一瞬を待ち、艦長は「面かじいっぱい」と指示。爆弾がすぐそばの海上にバタバタと落ちた。慌てなかったので命拾いした。

 8月に入り、艦長が作戦会議から戻り「ガダルカナル島(ガ島)に敵が来ている。たたきにいく」と告げた。夜襲だった。後に聞いた話では、夕凪は古くて速度が遅いので足手まといと言われたが、連れて行ってほしいと懇願したそうだ。

 「皇国の興は夜戦にあり。各人、日頃の訓練を十分に発揮せよ」。各分隊長を通じ指令が下された。「いよいよ、この世ともお別れかな」と思ったが、寂しさはなかった。死ぬ時は1人じゃない。皆と一緒。戦闘食の大きなおにぎりと漬物を頬張った。

 同7日、計8隻の艦船で出撃。ひとまず北に向けて走った。ガ島は東だが、敵を欺くためだったのだろう。現地が暗くなってから到着するよう、しばらくして反転し南下した。

 8日深夜。第1次ソロモン海戦が幕を開けた。戦場はガ島とツラギ島の間。真っ暗だった。照明弾で辺りがパァーと明るくなると、敵艦がずらりと見えた。「撃ち方始め」。一斉攻撃を開始し、魚雷や大砲、機銃を撃ち込んだ。

 探照灯の明かりで前甲板の米水兵3人が右往左往する様子が見えた。そう長い時間ではなかったと思う。「撃ち方やめ」の号令後、全速力で逃げた。夕凪の被害はしょうゆたる一つに穴が開いただけだった。

 魚雷の方位盤係として艦橋にいた交戦中、不思議な体験をした。「10度前、9度前、8度前…」。敵船の急所に命中させるため、双眼鏡越しに狙いを定める上官のそばで目盛りを読み上げていた時のことだ。方位盤に母の顔がぼんやりと浮かび、「政雄、絶対死ぬなよ」と耳元で声がした。一瞬動きが止まってしまい、怒鳴られてわれに返った。

 戦後、種子島に戻って母にそのことを話した。「朝晩、仏様に武運を祈っていた」と聞き、思わず泣いた。

 親はありがたい。
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