2021/06/22 12:11

【詳報】大相撲新小結・明生 中卒たたき上げ、初土俵から10年 故障に泣いた「稽古の虫」 つかんだ三役「さらに上へ」

オンラインで記者会見し、番付表に載った自身のしこ名を指す新小結の明生。右は師匠の立浪親方=茨城県つくばみらい市の立浪部屋
オンラインで記者会見し、番付表に載った自身のしこ名を指す新小結の明生。右は師匠の立浪親方=茨城県つくばみらい市の立浪部屋
 日本相撲協会は21日、大相撲名古屋場所(7月4日初日、ドルフィンズアリーナ)の新番付を発表し、鹿児島県瀬戸内町出身の明生(25)=本名川畑明生、立浪部屋=が西の小結に昇進した。自身初の三役。鹿児島県出身力士では、2014年夏場所で小結を務めた千代鳳(志布志市出身、九重部屋)以来7年ぶりで、戦後では9人目。21日、茨城県つくばみらい市の立浪部屋からオンラインで会見し「ずっと上だけを目指してきた。新三役でも勝ち越して、関脇や大関を期待されるような力士になりたい」と抱負を述べた。

 積み重ねた努力が花開いた。西小結に昇進した明生は「やれることをやってきた。今後も変わらず上を目指す」と決意を語った。初土俵から10年。故障に苦しみ、格上に何度もはね返された。それでも、誰もが認める“稽古の虫”は愚直に相撲に向き合い続けた。

 東前頭2枚目で臨んだ5月の夏場所は、格上との対戦が続いた序盤で1勝4敗。だが「内容は悪くない。一日一番と自分に言い聞かせて土俵に上がった」。我慢が実を結び、終盤の4連勝で勝ち越しを決めた。

 三役昇進は角界に入った頃からの悲願だった。瀬戸内町の篠川中を卒業し、入門した直後の食事会。立浪親方(元小結旭豊)が「自分の番付を抜く力士を育てたい」と話したのを聞き、「自分が一番先に上がってやるという気持ちだった」と振り返る。

 道のりは順風満帆ではなかった。幕下時代は腰のヘルニアに悩まされ、十両昇進は初土俵から5年後。2018年に幕内へ上がった後も、上位との対戦ではなかなか勝てない。19年の九州場所では三役間近の前頭2枚目まで番付を上げたが、左肘のけがで再び十両へ転落した。

 それから1年。本格的にトレーナーを付けて体のケアに取り組み、「また上位で戦いたい」と誓いを立てて地道に稽古へ打ち込んだ。立浪親方は「何も言わなくても自分でコツコツと取り組む優等生。下の者も引っ張ってくれる存在」と絶大な信頼を寄せる。

 「相撲の幅が広がり、自信が付いてきた」と自ら成長を実感する25歳。名古屋場所では、進退のかかる横綱白鵬、綱とりに挑む大関照ノ富士ら上位との連戦が予想される。「自分の相撲をして勝ち越せるよう、しっかりと稽古する」。どこまでも実直に、一歩ずつ階段を上っていく。

【明生=めいせい(本名川畑明生=かわばた・めいせい)】瀬戸内町出身、立浪部屋。2011年5月の技量審査場所初土俵。16年九州場所新十両。18年名古屋場所新入幕。敢闘賞1回。得意は左四つ、寄り、投げ。180センチ、151キロ。25歳。

■故郷・瀬戸内に祝福の懸垂幕

 大相撲の明生(25)の小結昇進が発表された21日、郷里の瀬戸内町は歓喜に沸き、祝福の懸垂幕が早速掲げられた。

 明生は「中卒たたき上げ」で、10年かけてコツコツと番付を上げてきた。父親の川畑昌也さん(64)は「誰もがあこがれる三役。うれしくてたまらない」と声を詰まらせた。

 故障に苦しみ、進退で悩んだ時期もあった。しかし昌也さんは「やめるなら島に帰ってくるな」とあえてハッパをかけ、奮起を促したという。「勝ち負けもだが、とにかくけがだけはせんように」と気遣った。
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