2021/08/02 12:15

二人三脚 父の夢かなえた 「仲間大事に」の教えで献身プレー 五輪水球女子 攻守の柱・有馬優美(鹿児島情報高出身) 

2014年の日本選手権で記念撮影する有馬優美選手(左)と父康一さん。右は姉の福美さん(家族提供)
2014年の日本選手権で記念撮影する有馬優美選手(左)と父康一さん。右は姉の福美さん(家族提供)
 父が目指した夢の舞台で、娘が輝きを放った。東京五輪の水球女子代表、有馬優美選手(23)=藤村、鹿児島情報高校出身=は、父康一さん(66)が果たせなかった五輪出場を果たした。攻守の柱としてチームをけん引した娘に、二人三脚で歩んできた康一さんは「よく頑張った」と目を細めた。

 1日の1次リーグ最終戦。日本はROCに惜しくも敗れ、4戦全敗で大会を終えた。有馬選手はROC戦で両チーム最多の5得点。4戦で計13点を挙げ、中心選手として気を吐いた。康一さんは「すごいシュートを決めてくれた」とたたえた。

 康一さんも元水球選手。大学時代、日本代表として1976年のモントリオール五輪を目指したが、届かなかった。引退後、鹿児島市のスイミングクラブの指導者に。小学2年の冬、有馬選手に「水球をやってみるか」と声を掛けた。当時は競泳を習い、ただ行ったり来たりの練習がつらかったという有馬選手は「シュートを打つのが楽しい」。二人三脚の日々が始まった。高校まで父の指導を受けた有馬選手。印象に残る教えは、プレーではなく「仲間を大事にしろ」との言葉だ。

 全国に名をとどろかせていた中学時代、県外の強豪高校に進みたいと申し出た。喜ぶと思ったが、「今まで一人で水球をしていたわけじゃないだろ」としかられたという。

 地元の高校に進学した有馬選手は、一緒に練習を積んできたメンバーで全国優勝を果たした。「小学生からの仲間と励まし合い、強い相手に勝てたのは大きな自信になった」。そう振り返る日本のエースは、五輪でも周りを生かす献身的な働きでチームを支えた。

 代わりに夢を成し遂げた娘に、康一さんは「日本の大黒柱になったと確信できる五輪だった」とねぎらいつつ「ここが終点ではない。次は日本の勝利に貢献してほしい」とさらなる飛躍を期待した。

 次の目標は2022年に福岡である世界選手権。23年には鹿児島国体が開催される。日本一を狙う国体で鹿児島チームを率いるのは康一さんだ。父と娘の歩みは続く。
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