《向田邦子 没40年》アニメーション作家・加藤久仁生さん■「食卓」描き冷静に観察する視点。うそや悩み。人の多面性を4姉妹の会話劇でみせた「阿修羅のごとく」

 2021/08/23 10:00
絵本「オイモはときどきいなくなる」(田中哲弥著、福音館書店)の挿絵
絵本「オイモはときどきいなくなる」(田中哲弥著、福音館書店)の挿絵
■向田邦子の背中追って 〝故郷もどき〟の描き手たち 没後40年インタビュー《下》

 少女時代を鹿児島で過ごした脚本家、直木賞作家の向田邦子(1929~81年)が飛行機事故で世を去ってから22日で40年。時を経ても、心の機微をとらえた文章やライフスタイルは共感を呼び、次の世代が新たな表現を生んでいる。向田が「故郷もどき」と呼んだ地で育ったクリエイターに、その魅力や作品への影響を聞いた。

✲✲✲ 

 磯海水浴場の「ぢゃんぼ餅」が出てくるエッセー「細長い海」をはじめ、食べ物の話から向田さんの文章に親しみを感じていました。20代後半になって小説を読んで夢中になり、僕も記憶や家族を題材に創作したいと思うようになりました。

 向田作品には、食べる場面が多く登場します。献立からみそ汁の具まで、脚本に詳しく書き込んでいたそう。人が生きる上で、食事は大切な時間。そこで生まれる会話や人の関係が大事なモチーフだったんだなと思うのです。

 食卓を描く中に、冷静に観察する視点があるのが向田さんらしい。たくあんをぽりぽり食べる音をあえて聞かせる間に、時間の流れや心の機微を表現し、食べること自体が物語になる。

 ドラマ「阿修羅(あしゅら)のごとく」で4人姉妹が父親の浮気について相談する場面は、急に鏡餅の話になったり長女の差し歯が抜けたり。話が飛んで、まさに人間同士が会話している感じがします。幼い頃体験した昭和の雰囲気が好きだし、僕の母も4人姉妹。わいわいしゃべっている眺めが、自分の記憶と重なりました。個人的な思い出や懐かしさをかき立てながら、普遍的な人間の多面性を描く。うそや悩み、明るさ、人にはいろんな面があることを会話劇で巧みに見せるのがすごい。

 家族を題材にするのは、自分をさらすのと同じで、なかなか描きにくい。それでも記憶の底には家族や共にした時間が息づいていて、その人の個性を形作る大事な要素。絵本雑誌に連載した短編のある回では、母親と滝へ遊びに行った思い出を膨らませました。向田さんの語り口をまね、見えている世界が親子でちょっとずれている感覚も織り込んで小話のように書いたものです。

 アニメーション「つみきのいえ」には主人公のおじいさんが若い頃、今は亡き妻とグラスを傾けるシーンがあります。今なら向田さんのように、献立にもっと気遣ったかも。食卓はおじいさんの暮らしを象徴する場面でしたから。

 7月に出た童話「オイモはときどきいなくなる」の挿絵でも、主人公の女の子と家族がお花見弁当を囲んだり、台所でご飯の支度をしたりする姿を描きました。

 今、構想を温めているのは海の物語です。定期航路の船長だった父との対話や大きな活火山が間近にある街の記憶、家族や友達と過ごした時間。絵を動かして時間を表現するアニメは、自分の創作の核の部分です。向田さんが鹿児島を「故郷もどき」と呼んで少女期の思い出をつづったように、僕も灰降る街をいつかアニメで表現してみたいと考えています。