2021/10/12 11:00

【馬毛島案の源流 FCLP移転計画(2)漂流する孤島】「陰の難関」の突破口に

1993年以降、東京都硫黄島で暫定的に行われているFCLP=2012年5月
1993年以降、東京都硫黄島で暫定的に行われているFCLP=2012年5月
 長い間決まらなかった米軍空母艦載機陸上離着陸訓練(FCLP)の移転先で、防衛関係者が「あと少しだった」と振り返る候補地が2カ所ある。誘致を一時表明した東京都三宅村の三宅島と広島県沖美町(現江田島市)の大黒神島だ。

 三宅島は1983(昭和58)年12月、村議会が訓練受け入れを前提とする空港設置を求める意見書を採択し、急浮上した。わずか2日後には村議らが中曽根康弘首相と官邸で面会。周到な根回しをうかがわせた。

 だが住民にとっては「寝耳に水」で反対運動が過熱。政府側は86年に700億円超の振興計画を示し、翌年には観測施設の設置も強行する。抵抗した反対派8人が逮捕され、運動はますます激化。計画を断念せざるを得なかった。

 「滑走路建設に約500億円を計上するめどが立っていた。あまりにも進め方が強引すぎた」。当時を知る防衛施設庁(当時)の元幹部は悔やむ。

 三宅島案が頓挫した後の89年、日米両政府は硫黄島(東京都)でFCLPを“暫定的”に行うことで合意。93年から運用が始まり、現在も続いている。

■教 訓

 二つ目の有力候補地が浮上したのは2003年1月だった。米軍岩国基地(山口県)の東沖合に浮かぶ大黒神島への移設案が報じられると、その日のうちに町長が誘致意向を表明。福田康夫官房長官(当時)も前向きな姿勢を示した。

 折しも同基地沖合では「騒音軽減」を理由に新滑走路を造る工事が進んでおり、地元に「本当の狙いは基地機能の拡大ではないか」との疑念がくすぶっていた。そこで降って湧いた移設案。県知事や周辺自治体が一斉に反発し、誘致姿勢を示した町長は翌2月に辞任。この計画もたちまち霧散する。

 「FCLP移設は沖縄の基地問題に並ぶ“陰の難関”。情報公開を軸に、地域への十分な説明と説得が重要だ」。国立国会図書館の外交防衛専門調査員は論文で、二つの候補地を巡る政府対応から教訓を導いた。

■消去法

 日米両政府は06年5月、在日米軍再編ロードマップ(行程表)を発表。「09年7月か、その後のできるだけ早い時期」に恒常的なFCLP移転候補地を選び、14年までには艦載機部隊を厚木基地(神奈川県)から岩国基地に移す目標を掲げた。

 「訓練時の爆音で当初から陸上は対象外。利権絡みで避けられていた馬毛島が消去法で有力になっていった」。再編計画に携わった防衛施設庁(当時)の元幹部は明かす。

 07年2月、「馬毛島案」が浮上。同12月には地権者が誘致を表明した。「必ず国の計画が来る」と豪語して融資を募り、名乗りを上げた時は既に貨物専用飛行場の名目で滑走路建設に着手していた。

 石油備蓄基地や使用済み核燃料中間貯蔵施設のほか、日本版スペースシャトルと呼ばれた無人宇宙往還機「HOPE」の着陸場候補地…。活用策が浮かんでは消え、漂流していた種子島西海上の孤島。さまざまな思惑が複雑に絡む中、“陰の難関”を突破する切り札としてにわかに注目され始めた。
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