男の子が好きかも。打ち明けると母は言った。「あなたはあなたのままで何も変わらない」。俳優を捨て渡米、モデルに。好きな仕事に集中できる。今が一番自分と向き合えている|柳喬之さん

 2022/01/05 11:01
アメリカでモデルとして活動する柳喬之さん=2021年5月、米ニューヨーク・マンハッタン(Poe Logan撮影)
アメリカでモデルとして活動する柳喬之さん=2021年5月、米ニューヨーク・マンハッタン(Poe Logan撮影)
 鋭いまなざしと、186センチの鍛え上げた身体を生かした凜とした表現が目を引く。2018年から米ニューヨークに住み、モデル活動をする柳喬之(たかゆき)さん(31)。ナイキ、フィラ、アバクロンビー&フィッチ(アバクロ)など有名ブランドの数々を着こなし、ウェブサイトや雑誌で活躍する。

 「どんな要望にも応えられるよう自然体を心掛けている。日本を出た3年前、こんなふうになれるとは想像できなかった」。リモート取材の画面に笑顔が広がる。

 米ロサンゼルス生まれ。5歳から両親の故郷の鹿児島で暮らした。バスケットボールに熱中し、強豪川内高校へ。主将も務めた。勉強も励み熊本大学法学部に進んだが、「合わない」と感じるように。子ども時代から椎名林檎さんら女性歌手が好きで、芸能界に憧れた。2年の時に福岡でモデル活動をスタートした。

 同じ頃、自身のセクシュアリティー(性的指向や性自認)に悩んでいた。女性と交際したこともあったが何かが違った。男性を好きだと認めるのは怖かった。「結婚して子どもができて、そんな“普通”の人生が送れなくなる」と思い詰めた。4年の夏、東京の芸能事務所に入った。数カ月後、母に電話で打ち明けた。「男の子が好きかも」。母は言った。「あなたはあなたのままで何も変わらない」

 卒業後、本格的に俳優の道を歩み始めた。オーディションでつかんだのがテレビシリーズ「仮面ライダーゴースト」への出演。主人公を見守る僧侶・御成役を演じるため、髪をそり、3枚目のキャラクターに徹した。当時25歳。「周りは若い子が多く、負けないように必死だった」。人気を集め、映画や舞台、コマーシャルなどの仕事も増えた。

 しかし、周囲から「男性が好きだとバレないようにした方がいい」と言われ、人知れず苦しんだ。撮影現場でも隠すことばかり考え、「感情がなくなっていった」。そんな時、航空会社のCMをニューヨークで撮影した。現場にはLGBTQ(性的少数者)のスタッフも多く、特別扱いされない、自然とそこにいる感じが心地よかった。キャリアを捨てることに迷いはあったが、渡米を決めた。

 ウエーターをして生計を立てながら、自身の写真を現地事務所などに送る中、マネジャーが付き、ニューヨーク、ロサンゼルスの事務所が決まった。ユニクロ、ルルレモンなどさまざまなブランドから声が掛かるようになり、今ではモデル活動だけで生活している。

 多様性が求められるファッション業界で、日本人であることも強みの一つだ。給与は保障され、頑張った分だけ返ってくる。「好きな仕事に集中できる。今が一番自分と向き合えている気がする」。流れに身を任せ、しばらくはアメリカで仕事を続けるつもりだ。

 外から日本を眺めて「皆がもっとわがままになってもいい」と思う。今の目標は40歳を迎える頃に日本に戻り、また俳優活動をすることだ。その時、今より自分らしく、誰もが個性を発揮して生きやすい社会になっていたらと願う。

 性別、年齢、性的指向、人種などに縛られない自由で多様な生き方が広がっている。互いの価値観や考え方、文化を尊重し合い、誰もが生きやすい社会やSDGs(持続可能な開発目標)の実現も求められる今。それぞれの場所で自分の「色」を見つけた鹿児島ゆかりの人を紹介する。
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