草ぼうぼうのやぶを払ったら、江戸時代の石垣が現れた 地元「新たな観光資源に」 鹿児島・出水

 2022/01/15 11:05
江内川河口に残る「島津樋門」の石垣=出水市高尾野町江内
江内川河口に残る「島津樋門」の石垣=出水市高尾野町江内
 出水市高尾野の江内川河口に、「島津樋(ひ)門」と呼ばれる石垣が残る。ツル越冬地となっている荒崎干拓を造成した江戸末期の工事を伝えるもので、昨秋のやぶ払いで久しぶりに姿を現した。市は「越冬地のラムサール条約登録に至るまでの歴史を多くの人に知ってもらいたい」と発信に力をいれる考えだ。

 出水郷土誌によると、島津斉彬が江戸からの帰りに出水に立ち寄った際、荒崎一帯が広大な干潟と気付いて新田開発を指示。次の藩主の忠義によって1860~66年に整備された。

 樋門は造成に際して板を使って海水が川に浸入するのを防ぐために設けられた。206ヘクタールに及ぶ荒崎干拓の周囲には樋門のほか、堤防の役目を果たした石垣が今も一部残る。

 樋門の存在は地元住民に知られていたが、やぶに長く覆われていた。市が荒崎干拓などのラムサール条約登録を目指すに当たってやぶを払ったところ、高さ約3メートル、長さ約6メートルの石垣や旧高尾野町が整備したベンチが現れた。

 「斉彬が命じた干拓地で、ツルの世界的な越冬地が生まれた。樋門は歴史の象徴」と市ラムサール推進室の橋元邦和次長(47)。「野鳥の観察スポットにもなる。大切に保全して後世に伝えたい」と話している。
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