大久保利通像の謎 一緒に殺された「馬車夫と馬」どこに? 見えにくい場所にある制作秘話、彫刻家中村晋也さんに聞いた

 2022/06/26 15:00
甲突川河畔に立つ大久保利通像=鹿児島市西千石町
甲突川河畔に立つ大久保利通像=鹿児島市西千石町
 鹿児島市西千石町の高見橋横にある「大久保利通像」について「像の足元に馬車夫と馬の像がある、と観光案内のサイトで紹介されているが、見つからない」との声が、南日本新聞の「こちら373」に寄せられた。確認に行くと、像の後ろ側のかかとの下あたりに小さく人と馬の像が並んでいた。

 1878(明治11)年、大久保が暗殺された時に一緒に殺された馬車夫・中村太郎と馬車を引いていた馬だ。台座の上の像(高さ4.3メートル)の後ろ側にあるため、確かに気づきにくい。なぜ、小さな像を見えにくい場所に彫ったのだろうか。

 制作した鹿児島市の彫刻家、中村晋也さん(95)=文化勲章受章者=に尋ねた。

 話は、中村さんが銅像制作前に大久保の墓がある東京都の青山霊園を訪れたときにさかのぼる。ひときわ大きな墓の隣に、太郎と馬の墓を見つけた。太郎は襲撃された大久保を守ろうと抵抗し絶命した。太郎と馬は、大久保の遺族の思いを受け、寄り添うように同じ場所に埋葬されたという。

 「どうしても太郎と馬も弔ってあげたかった。大久保家の素晴らしい心意気に感銘を受けた」と中村さん。制作依頼は大久保像のみだったが、逸話から大久保と太郎の絆を感じ取り、正面からは見えない像の後ろの足元に、高さ20センチほどの像を加えた。

 大久保像制作は没後100年に合わせて進められ、完成は1979年9月。大久保は同郷の盟友・西郷隆盛を西南戦争で倒した「仇敵(きゅうてき)」だとする人がおり、自宅には「憎い顔に彫れたのか」という声が届いたことも。門前に夜警を付けるなか、中村さんは制作にまい進し、完成させた。除幕式前には像のそばにも夜警が立ったという。

 西郷とともに、日本の近代化に尽力した大久保。鹿児島の未来を見据えるように立つ像と、足元で目立たないように寄り添う太郎と馬の小さな像には、中村さんが抱いた尊敬の意と、明治期の歴史の一幕が刻まれている。