ウクライナ東部ドネツクから鹿児島へ 「子どもを戦争に触れさせたくない」 幼子の心の傷心配、避難を決意 母国に残る母、姉…「生きて、祈りささげる」

 2022/08/12 11:00
ウクライナへの思いを語るモロゾフ・オレクサンダーさん(右)と妻のオレーナさん=鹿児島県内
ウクライナへの思いを語るモロゾフ・オレクサンダーさん(右)と妻のオレーナさん=鹿児島県内
 ロシアが侵攻したウクライナからの避難者が鹿児島県内に相次いで身を寄せている。県によると、5日現在で18人。モロゾフ・オレクサンダーさん(44)と妻オレーナさん(36)は、幼い子ども2人と高齢両親の計6人で戦禍を逃れてきた。異国で平穏な暮らしを取り戻す一家は、「一日も早く戦争が終結してほしい」と母国の平和を願う。

 2月24日午前4時。モロゾフさんは東部ドネツク州クラマトルスク市の自宅で就寝中、郊外で発生した爆発音を聞いた。ロシアによる侵攻の始まりだった。砲撃はその後もやまず、爆発音は何度も聞こえ、昼夜問わず恐怖に襲われた。

 「子どもを戦争に触れさせたくない」。2歳と0歳の娘の心に傷が残るのを懸念し、避難することを決心した。3月3日に出発、市内の駅から列車で西部の難民キャンプに向かった。

 実家の両親も避難のため駅に着いたが、既に多くの人が押し寄せていた。数日間順番を待ち、4月7日にようやく乗り込むことができた。駅は翌8日、ミサイル攻撃を受け100人以上が死傷した。

 避難先の西部ウジホロド市のキャンプには、子ども連れの家族がたくさんいた。なぜ戦争を防げなかったのか。他の避難民と語り合いながら、6月上旬まで滞在した。

 モロゾフさんは宣教師で、世界各国のキリスト教関係者が支援に協力した。鹿児島県在住のアメリカ人牧師が受け入れてくれることになり、ハンガリーを経由して、同21日に到着した。

 故郷のクラマトルスク市は戦争の最前線と化した。ガスや電気、水は通らず、砲撃や火事の危険にさらされている。市民らは当初、戦車による侵攻を恐れたが、今はミサイルの飛来におびえているという。

 同市に限らず、連日子どもを含むたくさんの人が亡くなり、多くのインフラや住居、工業施設が破壊されている。「ウクライナの全てが心配でならない」。遠く離れた鹿児島で現地の状況に不安を募らせる。

 妻オレーナさんの母親は「国を離れたくない」と、ウジホロド市のキャンプに残った。姉や親戚は首都キーウ(キエフ)での暮らしを続ける。地元にとどまっている友人も多い。兄は兵士として戦地に行き、ロシアには妹や戦争を望まない友人がいる。

 オレーナさんは「とても複雑な気持ち」と漏らす。それでも「母国に残る人々のため、ロシアの友人のため、私たちは生きる。そして祈りをささげる」と前を向く。