「海から大きな音が聞こえた」-。終戦の年、戦艦「大和」など6隻が沈んだ鹿児島・枕崎沖。戦死者3721人が眠る東シナ海を望む公園に、慰霊の展望台ができたのは1995年、戦後50年の年だった

 2022/08/15 12:06
戦艦大和などが沈没した海域を望む平和祈念展望台=枕崎市火之神岬町
戦艦大和などが沈没した海域を望む平和祈念展望台=枕崎市火之神岬町
〈戦後77年 戦争遺跡を歩く〉平和祈念展望台=鹿児島県枕崎市

 南薩地区には太平洋戦争時、さまざまな軍事施設が造られた。南の海を望む丘には戦没者を慰霊する場所もある。戦後77年、各地に残る戦争遺跡や遺物は当時の現実を今に伝えている。

 太平洋戦争末期の1945年4月7日、枕崎や坊津など南薩で「海から大きな音が聞こえた」といった証言が残されている。

 この日、薩摩半島の西の東シナ海で旧海軍第2艦隊が米軍機の猛攻を受け、旗艦の戦艦大和など6隻が撃沈された。人々が聞いたのはその爆発音ではなかったのか。だが、事実は伏せられ、計3721人もの戦死者が出たことが明らかになるのは後年のことである。

 戦後しばらく正確な沈没場所が特定されず、85年に枕崎市の西南西約200キロの海底と確認された。

 海に眠る霊を思い、遺族らは船で海上に出て慰霊していたが、枕崎商工会議所会頭だった岩田三千年氏(故人)が「至近にある枕崎の住民として弔う場をつくりたい」と平和祈念展望台の建設を進め95年、同市火之神岬町の火の神公園内に完成した。

 遺族の高齢化もあって大きな慰霊祭は開かなくなったが、毎年命日には全国から参拝者が訪れる。高台に登り、東シナ海の絶景を望むと平和の尊さが身にしみる。