「歴史が売り」なのに県史は80年以上前に編さんしたまま、新調の予定もなし 地元研究者「恥ずかしい」

 2022/08/19 21:00
戦前に刊行された鹿児島県史の一部。旧字体で、内容は皇国史観が色濃く反映されている
戦前に刊行された鹿児島県史の一部。旧字体で、内容は皇国史観が色濃く反映されている
 「戦前に作られたまま、80年以上変わっていない。時代に合わない」。鹿児島県が刊行した「鹿児島県史」を巡り、県内の歴史研究者たちからしばしば聞く言葉だ。第1巻の発刊は、1939(昭和14)年。他県では最新の研究を踏まえ、戦後“2巡目”に取り組む例もあるが、歴史を売りにする鹿児島は全く動きがない。

 「鹿児島の歴史を理解する上で、戦前の研究で止まったままの県史しかないのは弱点だ」。志學館大学の原口泉教授はこう嘆く。

 鹿児島県史は、天孫降臨から1935年までまとめた1~4巻と統計や年表の別巻2巻を、39~44年の間に刊行。戦後になって67年と2006年に5、6巻をそれぞれ出したが、昭和の歴史を足したものだ。

 1巻をめくると、「本縣(ほんけん)は畏(かしこ)くも天孫御降臨の霊地にして(中略)誠に縣民の最も光榮とし名譽とする所である」と旧字体が並び、皇国史観が色濃い。一方、上野原(霧島市)や立切・横峯(中種子町・南種子町)などの遺跡、近年再評価される島津久光や小松帯刀、五代友厚ら最新の研究も反映されていない。

 鹿児島国際大学元教授の中村明蔵さんは「他県の研究者から『これが歴史ある鹿児島の県史なの』と驚かれ、恥ずかしい」と話す。

■予定なし

 新たな県史編さんについて、鹿児島県の文化振興課は「予定はない」とする。県議会でも、新調の必要性を議論した形跡は、過去15年間の会議録には見当たらなかった。

 では、他県はどうだろうか。明治維新で活躍した「薩長土肥」の一員、高知県は県政150周年を記念し、21年度から戦後2度目となる県史編さんに取り組んでいる。基本方針には「高い水準」「県の文化と教育の発展に積極的に活用」と掲げられる。資料収集や視察などを含め、完了まで20年間で15~16億円規模の予算を見込む。

 宮崎県は、1984年度から16年間で計31巻の県史をまとめた。執筆メンバーで参加した、ラ・サール学園の永山修一教諭は「予算や時間はかかるが、その県を表す“顔”であり、最新で最高レベルの研究成果を県民に還元するもの。鹿児島で100年ぶりの編さんを目指して」と提案する。

■2本柱で

 一方、県内外で高い評価を受けるのが、半世紀以上にわたり古文書類を翻刻・刊行している「鹿児島県史料」だ。初巻は1970年度、73年度以降は中近世と幕末維新期をそれぞれ年1冊ずつ出し続けている。

 西郷南洲顕彰館の徳永和喜館長は「県史料は鹿児島の歴史研究の基盤。全国の研究者が新たな歴史の解明につなげている」と語る。東京大学史料編纂所(へんさんじょ)の本郷恵子所長は「この手の事業は一度途絶えると復活は難しい。継続することが大事だ。学問的価値はもちろんだが、素晴らしい取り組みは県民も誇りに思っていい」と訴える。

 県によると、2022年度の予算は約1800万円。ただ、20年ほど前には3000万円を超えていた年も。刊行を重ねるごとにページ数が減っている。

 NHK大河ドラマ「篤姫」や「西郷どん」の時代考証を担当した原口教授は「県史料が無ければできない仕事だった」と指摘。「県史料の成果が蓄積された今こそ、通史である県史をまとめる絶好の機会。この2本柱による研究の進展は、観光振興といった財産にもなるはずだ」と力を込めた。