【考・九州男児】宮崎の男性像「いもがらぼくと」は強いイメージと真逆・・・地形や歴史の影響? 民俗学者が太鼓判「多様性の時代にフィット」

 2022/11/19 09:00
「いもがらぼくと」の男性像ができた背景について語る原田解さん(宮崎日日新聞社提供)
「いもがらぼくと」の男性像ができた背景について語る原田解さん(宮崎日日新聞社提供)
 宮崎の男性像を表す方言に「いもがらぼくと」がある。サトイモの茎「いもがら」でできた木刀「ぼくと」の意味で、見た目は立派だが中は空洞で「お人よし」を指している。九州男児の強いイメージとは真逆で、宮崎民俗学会名誉会長で民謡研究者の原田解さん(90)=宮崎市=は「宮崎の地勢や歴史の中で育まれた。今の時代に合っている九州男児像では」と新たな視点で捉えている。

 特徴的な男性像が出来上がった要因について原田さんは宮崎の地形や歴史的な視点から、「周囲を山々に囲まれ、明治維新までは農林業が県民の生活を支えていた。緩やかな時の流れが気質に影響した」と説明する。

 また、江戸時代の宮崎は延岡や高鍋、佐土原藩、幕府領などが入り交じる「小藩分立」の状態だった。福岡藩や薩摩藩など、1藩の下に文化圏があった他県と異なり「宮崎は文化や暮らしが各地でモザイク状に築かれた。多様性が共存したことで、柔軟な気質を育んだのでは」と指摘する。

 1954(昭和29)年には、宮崎市制30周年に合わせて民謡「いもがらぼくと」が公募で誕生した。民謡の歌詞について、原田さんは「人の良さ丸出しの男性が所帯を持つ物語を中心に、豊かな自然や四季折々の農作業、行事を絡ませながらユーモラスに描いた」と解説する。曲に合わせた踊りもあり、夏祭りなどで今でも県民に親しまれている。

 「積極性がない」「ルーズ」などマイナスな受け止め方もある一方で、原田さんは「総じて温かい人間味のある『いもがらぼくと』は、男性社会から多様性や男女平等が尊重される今の時代に、フィットする九州男児像だと感じる」と話した。
(宮崎日日新聞社提供)