90年前から健康優良児でした…解体予定の生家で見つけた、「娘に見せたい」昭和初期の表彰状

 2022/12/08 21:08
昭和6年の賞状を手にする鎌田繁さん=鹿児島市与次郎1丁目の南日本新聞社
昭和6年の賞状を手にする鎌田繁さん=鹿児島市与次郎1丁目の南日本新聞社
 鹿児島県伊佐市菱刈川北にある鎌田繁さん(92)=千葉市在住=の生家から、本人が生後11カ月の時に受けた健康優良児の表彰状が見つかった。日付は「昭和六年四月七日」。鎌田さんは「90年以上も前のものが出てきて驚いた。娘や同級生に見せて楽しみたい」と話す。

 鎌田さんは30(昭和5)年生まれ。伊佐市の大口高校の1期生で、鹿児島大学教育学部を卒業後、横浜市で小学校教員として35年間勤めた。

 11月27日にあった大口高創立100周年記念式典に参加するため、約3年ぶりに帰省。その際、老朽化で解体する予定の生家に立ち寄ったところ、少し前に荷物の整理をしためいが見つけた賞状が、アルバムなどと一緒に置かれていた。

 賞状には「第7回コドモ博覧會(かい)ニ於テ審査ノ結果發育特ニ優良ト認メ茲(ここ)に表彰ス」とあり、審査員の医師7人の氏名も列記されている。主催者として南日本新聞社の前身の鹿児島新聞社と、山形屋の前身である山形屋呉服店の名称がある。

 山形屋社史などによると、赤ちゃんの発育の良さを競う優良児審査会は26(大正15)年に始まった。その後、「赤ちゃんコンクール」に改名し、現在はよりよい育児を目指す「山形屋育児相談会」に形を変えて、1世紀近く続いている。

 「今でも毎日水泳に通ったり体操をしたりと元気。当時審査した医者たちの目は正しかった」と笑う鎌田さん。伊佐の生家は年明けから解体が始まるという。「寂しいが仕方ない。壊す前に貴重な品を発見できて良かった」と喜んだ。