打ち上げ迫る新型ロケット「H3」、日進月歩の世界市場で勝負できるか? 遅れとる日本、ロシアのウクライナ侵攻も影響

 2023/02/13 21:00
燃焼試験前、射点に据えられたH3ロケット=2022年11月6日、南種子町の種子島宇宙センター
燃焼試験前、射点に据えられたH3ロケット=2022年11月6日、南種子町の種子島宇宙センター
 種子島から打ち上げられる新型基幹ロケット「H3」1号機は、日本が世界に後れを取る宇宙産業分野で、打ち上げ競争力の強化が期待される。市場拡大に合わせて、射場が2カ所ある鹿児島県内でも参入に関心を持つ事業者が増えている。開拓が進む宇宙開発の現状を探った。

 カウントダウンに合わせて、エンジンが始動する。ゴオーと大気を震わせるごう音と共に、射点そばから白い水蒸気が勢いよく噴き出た。機体が今にも飛び上がりそうな光景だった。

 実際に打ち上げられる1号機に、メインエンジン「LE9」を取り付けた最終燃焼試験。2022年11月、南種子町の種子島宇宙センターで実施された。支障がなければ、具体的な打ち上げ調整に入る「ヤマ場」に位置づけられていた。

 試験終了後、ほっとした表情を浮かべる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の担当者たち。「ようやく準備が整った。いよいよ世界に打って出られる」と意気込んだ。

 世界のロケット打ち上げ事情は現在、国家主導に加えて民間事業者の参入も相次ぎ活況を呈する。打ち上げ費用は値下げ傾向が続いており、イーロン・マスク氏が率いる米宇宙企業「スペースX」が運用するロケット「ファルコン9」は、H2Aより高い衛星搭載能力を持ちながら60~70億円の低価格化を実現。業界をけん引する。

 打ち上げ費用が約100億円のH2Aは、価格帯だけを見ると国際競争力に乏しい。後継機のH3開発では徹底的なコスト削減を目指した。メインエンジン「LE9」は、これまでの燃焼方式を変えて簡素化を図り、H2Aに比べ構成部品を2割減らした。

 機体の電子部品の9割は、H2Aでほとんど使われていない自動車用品を採用した。調達の役割は主に三菱重工業が担い、安価で信頼性の高い部品を求めた。

 打ち上げ費用はH2Aの半額、50億円を目指す。JAXAの岡田匡史プロジェクトマネジャー(60)は「部品のサプライチェーン(供給網)まで重視した。技術開発にとどまらず、事業開発でもあった」と話す。

 低価格化は、機体開発だけにとどまらない。

 作業の自動化を進め、打ち上げ人員はH2Aの約120人から4分の1程度に減らす見込み。人件費を抑えつつ、人の手で1日がかりだったバルブの点検作業などは15分ほどで済むようになるという。

 衛星受注から打ち上げにかかる期間は、現在の2年程度から1年に短縮。打ち上げ間隔も短縮させ、年6機体制を目指す。

 宇宙開発に詳しいノンフィクション作家の松浦晋也さん(61)は「世界の宇宙開発分野は日進月歩で、日本は遅れている。H3の運用は待ったなし。安定的な打ち上げを早く実現すると同時に技術の継承、新たな技術開発も進める必要がある」と話した。

■急拡大する小型商業衛星打ち上げ

 2022年10月、肝付町内之浦から打ち上げたイプシロン6号機にイプシロンとしては初受注の商業衛星が搭載されていた。福岡市の宇宙ベンチャー「QPS研究所」が開発した小型観測衛星2機。打ち上げは失敗したが、創始者の八坂哲雄九州大学名誉教授(81)は「国内から衛星を打ち上げられるのは魅力」と話す。

 同社は被災地や交通状況の把握に役立つ地上観測データを自社開発した衛星で集め、提供する事業の構築を目指す。既にインドなどで2機打ち上げ、25年以降は36機体制で平均10分間隔のデータを配信する計画だ。

 八坂名誉教授は、衛星輸送や技術者の移動に伴う時間・コストが抑えられる国内打ち上げの利点を強調。ただ、打ち上げ費用が依然割高で頻度も少なく海外を模索する同業者は多いとし、「環境整備が欠かせない」と注文する。

 宇宙産業の国際市場は現在の約40兆円から、40年には3倍に拡大すると試算される。民間参入が著しく、50年にはガソリン車市場を追い抜く見通しだ。

 21年の衛星打ち上げは約1800機で、10年前の14倍に急拡大。小型衛星を多数運用し、リアルタイムに近い観測データを得るシステム「コンステレーション」がトレンドになっている。

 国は17年、宇宙産業を「第4次産業革命を進展させる駆動力」と位置付け、1.2兆円の国内市場規模を30年代早期に倍増させる目標を設定。衛星データを防災や農産物の生育確認に生かすサービスは国内でも関心が高まっている。

 H3の主任務は国や宇宙航空研究開発機構(JAXA)の衛星打ち上げだが、コンセプトに「柔軟性」を掲げ、こうした需要増に備えた小型商業衛星の大量輸送サービスも見据える。

 「ウクライナ情勢が宇宙産業に変化をもたらした」。宇宙政策に詳しい和歌山大学の秋山演亮教授(53)は強調する。世界の衛星打ち上げ数の3割を占めるロシアは現在、他国衛星の打ち上げを制限。打ち上げニーズが高まる一方、運搬役のロケットが足りない需給ギャップが生じている。

 国際情勢が緊迫化し、衛星画像を生かした敵基地把握など、安全保障分野での宇宙利用も加速する。ウクライナでは、民間の衛星画像がロシア軍による市民虐殺の「証拠」になるなど戦場の様子を鮮明に伝えた。

 H3の1号機に搭載する地球観測衛星には、防衛省が開発した赤外線センサーを取り付け、弾道ミサイルの発射探知などに生かせるか研究を進める。

 秋山教授はウクライナ侵攻以降、「射場や打ち上げ技術を持ち続ける意義が再認識された」と指摘。「宇宙開発に注力することは外交や安全保障の分野で大きな強みだ」と話した。

■様々な分野が宇宙ビジネスに参入

 ITエンジニアと漁師。一見接点の少なそうな異業種同士が“宇宙”でつながった。鹿児島市のソフトウエア開発会社「リリー」は、漁業者支援ツールの開発に携わった。人工衛星から届く海面温度や位置情報の観測データを生かし、その時々の海上で最適な漁場を利用者に伝える。「お互いの利益を目指して衛星データでつながれるのが宇宙ビジネスの面白さ」と野崎弘幸CEO(43)は話す。

 県内IT企業の中では宇宙ビジネス参入の先駆け的な存在だ。2018年、県外の同業者の誘いで衛星データを扱い始めた。経験や勘が求められる1次産業との相性の良さを実感する。

 全国的な傾向ではあるが、県内でも衛星データを生かした事業の認知度は低く、「提供者も利用者も少ない」。データ使用料は依然高く投資的な要素も強い。それでも衛星が数多く打ち上がれば価格競争が起き、県内の中小企業でも扱える時期は近いとにらむ。

 県も宇宙ビジネスを成長産業と位置づけ、22年度に産学官の研究会を立ち上げるなど推進に力を入れ始める。

 「新日本技術コンサルタント」(同市)は本年度、県の「衛星データ利活用実証事業」を受託した。土砂崩れなどの災害状況を衛星データで把握し、県地域防災計画で定める防災拠点の利用可否を判断するサービスの開発を目指す。

 同社が衛星データを扱うのは初めて。行政の支援を受けながら、県外の同業者と組んで一歩を踏み出した。総合設計部の西内浩二部長(53)はビジネスとして成り立つか見極めている時期としつつ、「可能性のある産業だと分かってきた。チャンスは逃したくない」と話した。

 南種子町は種子島宇宙センターが開所した1969年以来、半世紀以上、ロケットの街として歩み続ける。打ち上げ前後は多くの関係者や観光客が訪れ、宿泊業やレンタカー業者への恩恵は大きい。ホテルを経営する日高澄江さん(68)は「目立った産業のない町。感謝は尽きない」と話す。

 一方、打ち上げが当たり前になり、町民の関心は薄れつつある。経済効果は一部業種に限られ「コロナ禍の前から、夜間に飲食店で食事するロケット関係者は減った」との声が漏れる。

 H3に限ると、打ち上げ人員を4分の1程度に削減、準備期間も短縮する。宿泊業関係者は「利用者が減ってしまう」と不安を口にする。高齢化が進み、後継者不足で廃業する宿泊や飲食施設も増えている。前同町商工会長の寺田榮一郎さん(75)は人通りの減った町の中心部で「ロケットとの共存は続くが、まちづくりの観点から改めて向き合い方を考える時期に来ている」とつぶやいた。