〈衆院選 令和決戦の余波〉鹿児島1区 「宮・保」共闘 自民は奏功 選挙区へのこだわりなお/出遅れ、野党は不発

 2021/11/04 08:30
当選後、手を取り合って拳を突き上げる宮路拓馬氏(右)と保岡宏武氏=1日、鹿児島市上之園町
当選後、手を取り合って拳を突き上げる宮路拓馬氏(右)と保岡宏武氏=1日、鹿児島市上之園町
 1日午前0時、鹿児島市上之園町の事務所前に集まった支援者から「宮路」コールが沸き起こった。鹿児島1区で当選した自民前職の宮路拓馬氏(41)が、ひな壇に駆け上がる。

 「知名度で圧倒的に劣り、厳しい戦いだった。新しい社会や政治を共につくろうという皆の支えで一丸となれた」。目にうっすら涙を浮かべ、初の選挙区での勝利をかみしめた。

 傍らには比例九州で初当選した保岡宏武氏(48)が並ぶ。「おめでとう」と語る保岡氏に、宮路氏は「これからも切磋(せっさ)琢磨(たくま)し頑張っていこう」と応じた。互いに手を取り、拳を高々と突き上げた。

 「若い2人が政治家として並び立つ方向を見いだす」。3年10カ月に及んだ1区の党公認争いで自民県連幹部はこう繰り返した。「宮路氏1区勝利、保岡氏比例九州初当選」という形に結実した。

 宮路氏の得票は10万票超。立憲民主前職の川内博史氏(60)とは1万2000票差だ。比例復活も許さなかった。

■ジレンマ

 宮路氏が2020年に獲得した党員数は2516人。女性活躍など政治の光が当たりにくかった政策に取り組み、無党派層を開拓した。公認を得た後、保岡氏を支持する友好団体のあいさつ回りを強化。支持基盤を固め本番に臨んだ。野田聖子こども政策担当相らも駆け付け、風を起こした。

 保岡氏の立場は複雑だった。公認を巡り、一部支援者の不満は収まらなかったからだ。10月19日の公示前夜、「当選確実」とされる比例名簿2位に登載されて軟化したが、「一枚岩」になれなかった。

 県連の森山裕会長は「どのような行動が保岡さんの将来につながるか、後援会の方が一番分かっているはず」と公言。宮路氏を支援しなければ「戦犯」扱いされ、宮路氏が大勝すれば1区の議席はそのまま固定される。保岡氏は「先のことは考えないようにしている」と述べ、苦戦が伝わる1、2区を中心に関係者を引き締め、支援呼び掛けに集中した。

 “共闘”した保岡氏は「ずっと比例というわけにはいかない。選挙区で戦いたい」と本音を漏らす。父親で法相を務めた故・興治氏時代からの支援者の中には「1区にこだわるべきだ。多くがそう思っている」と明かす声があるものの、県連幹部は「宮路氏で変わりはない」と、にべもない。

■批判

 落選から一夜明けた1日、川内氏は東京・永田町の議員会館事務所にいったん戻り、明け渡し準備を始めた。

 選挙期間中、有権者の反応に好感触を得ていた。「生活が苦しい。助けて」「売り上げは落ち、経営を続けられない」。その怒りは前回より1万2000票の上積みにつながったが及ばなかった。そもそも立民の県連設立は衆院選の公示が迫った8月末で、全国で最も出遅れた。

 共通政策を掲げた野党共闘は結果的に奏功せず、県連も機能しなかったとして、川内氏への批判が党内から噴き出す。「結果が全て。県連代表を降りてもらうのは当然で、解党的出直しが必要だ」



 衆院選は県内4選挙区のうち3選挙区で与野党の前職が落選し、その「余波」に揺れている。激戦の舞台裏を振り返り、今後を探る。
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