元プロ野球阪神・横田慎太郎さん 月1コラム「くじけない」 1月20日付スタート 南日本新聞「オセモコ」

 2022/01/12 12:42
インタビューに答える横田慎太郎さん
インタビューに答える横田慎太郎さん
 元プロ野球阪神の横田慎太郎さん(26)は、脳腫瘍と脊髄の腫瘍という二つの大きな病気を乗り越えました。現在は鹿児島を拠点に、講演や動画配信サイト「ユーチューブ」で活動しています。2022年1月からは、南日本新聞の子どものページ「オセモコ」でコラム「くじけない」の連載を始めます。「目標を持って積み上げることで夢を叶えられる」と話す横田さん。連載にかける思いを聞きました。

※コラム「くじけない」は毎月第3木曜日に掲載予定。第1回は1月20日付です。

■大病乗り越え目標へ一歩ずつ

 神様は本当にいる―。ぼくはそう思っています。2019年9月26日。ぼくの引退試合でのことでした。

 ●もう一度戻ってくる

 脳腫瘍を告げられたのはプロ4年目の17年2月でした。頭の中が真っ白になりましたが、もう一度野球をやる、必ずグラウンドに戻ってくる、と強く心に誓いました。

 2度の手術を受け、それから頑張って治療やリハビリをしましたが、物が二重に見え、ボールの動きを正確につかむことができません。練習をしても試合に出られない時期が2年間続きました。体とともに心も不安にさいなまれ、自ら引退を決めました。

 引退試合ではセンターの守備に入りました。八回表で二塁にランナーがいて、一打逆転のピンチ。そこへ強い球がセンターに一直線に飛んできました。

 球の動きが正確に見えないため、普段なら体を引いてしまうライナーでした。その時、何かに背中をポンと押されました。そして自然と足が前に出て、ワンバウンドでボールを拾うとそのままノーバウンドでバックホームしました。

 元気な時も、あんな送球はできませんでした。今振り返っても、背中を押された感覚が鮮明で、鳥肌が立ちます。

 ●神様が奇跡をくれた

 病気になってから、いろんな人に助けてもらいました。

 入院中、母は泊まり込みで看病してくれました。手術後、全く目が見えなくなった時は、食事からトイレなどへの移動まで生活のすべてを支えてくれました。当時の監督だった金本知憲(ともあき)さんは何度もお見舞いに来てくれましたし、ファンからもたくさん手紙をもらいました。「もう野球ができなくなるかもしれない」と落ち込むぼくを励まし続けてくれました。

 トレーニングを再開してから自分なりに必死に練習しました。そして、「みんなに恩返しをしたい」「何かやってやる」と思いながら、グラウンドに立っていました。その思いに神様が奇跡を起こしてくれたのでしょうか。

 ●諦めない心伝えたい

 今は、自分と同じように病気で苦しんでいる人、悩んでいる人を勇気づけたい、助けたいと思っています。

 連載を通じて、子どもたちには目標を持って諦めない心を伝えたいです。世の中には苦しいこと、大変なこともいっぱいあるけれど、目標を持って少しずつ前に進めば、幸せなことが起きます。ぼくに奇跡のバックホームができたように。

【略歴】よこた・しんたろう 1995年、東京都生まれ。3歳で鹿児島に引っ越し、日置市の湯田小学校3年でソフトボールを始める。東市来中学校、鹿児島実業高校を経て、2013年にドラフト2位で阪神タイガースに入団。1、2年目は2軍、3年目は開幕から1軍に昇格した。17年に脳腫瘍と診断され、2度の手術を受けた。19年に現役引退。20年に脊髄腫瘍が見つかり、21年に治療を終えた。鹿児島を拠点に講演、病院訪問、動画サイトの配信など幅広く活動している。父・真之さんも元プロ野球選手。著書に「奇跡のバックホーム」(幻冬舎)。