復帰1年後、入院していた病院を訪問。「阪神の横田慎太郎です」。声を掛けると、目を開けられないはずの患者が一瞬、目を開いた。こんなことが起きるんだ…気持ちがつながった瞬間

 2022/05/22 11:00
復帰直後の横田慎太郎さん。最初は軟球を使って感覚を取り戻す練習をした
復帰直後の横田慎太郎さん。最初は軟球を使って感覚を取り戻す練習をした
【元阪神・横田慎太郎のくじけない⑤】

 2017年の脳腫瘍の闘病中は、つらいことがいっぱいありました。そのたびに、多くの人に支えられ、勇気づけられました。退院後も、「何か自分にできることがあれば一つでも行動に移そう」と思っていました。

 チームに戻って1年後の2018年のオフシーズン、入院していた病院から球団に連絡がありました。「患者さんたちを元気づけてくれませんか」と。

 12月のある日、病院に向かいました。病院に着くと、上半身だけユニホームを着て、まずは小児科の病室に入りました。

 小学校低学年ぐらいの女の子がベッドにいました。その横に、お母さんがいて、「阪神タイガースの横田さんが来てくれたよ」と明るく声をかけました。

 すると、その女の子がにこっと笑顔を見せてくれました。その笑顔が見られたことが、とてもうれしかったです。女の子の手をぎゅっと握り、「一緒に頑張ろう」と声をかけました。

 続いて、野球が好きだという男の子の病室に入りました。その子は、ずっと待ってくれていたようでした。部屋に入るなり、「この人、テレビで見たことがある」とニコニコしながら言ってくれました。2人で野球の話をしていたら、それを見ていたその子のお父さんも、うれしそうに会話に入ってきました。みんなで話すと、病室がとても明るくなりました。

 脳外科の病棟では、不思議なことがありました。20~30代ぐらいの男性の病室でした。

 「阪神タイガースの横田慎太郎です」と声をかけました。病気のために目を開けることができず、ベッドに横になっています。しかし、自分のことを見ようと、一生懸命、何度も何度も目に力を入れているのが分かりました。そして一瞬、目が開き、自分の方をじっと見てくれました。

 付き添いの人もとても驚いた様子でした。あらかじめ病院のスタッフから目が開けられないと聞いていたので、「きつい時に目を開けてもらってありがとうございます。自分もうれしいです」と伝えました。患者さんの思いと自分の気持ちがつながると、こんなことが起きるんだなあと、感激しました。

【プロフィル】よこた・しんたろうさん 1995年、東京都生まれ。3歳で鹿児島に引っ越し、日置市の湯田小学校3年でソフトボールを始める。東市来中学校、鹿児島実業高校を経て、2013年にドラフト2位で阪神タイガースに入団。3年目は開幕から1軍に昇格した。17年に脳腫瘍と診断され、2度の手術を受けた。19年に現役引退。20年に脊髄腫瘍が見つかり、21年に治療を終えた。現在は鹿児島を拠点に講演、病院訪問、動画サイトの配信など幅広く活動している。父・真之さんも元プロ野球選手。