「苦しいです」 戻らない目の状態 横田慎太郎はついに決断した 2軍選手異例の引退試合、鋭い打球がセンターに 何かに背中を押されるように足は前へ ボールは見えない 捕球、ダイレクト返球、そしてアウト 「奇跡のバックホーム」の瞬間

 2022/06/19 11:00
横田慎太郎さん著書「奇跡のバックホーム」
横田慎太郎さん著書「奇跡のバックホーム」
連載「元阪神・横田慎太郎のくじけない」⑥

 2017年の現役復帰以来、グラウンドに帰ってきたうれしさもあり、野球ができることへの感謝と、幸せな思いを持って、日々、練習に打ち込んでいました。

 一方で、戻ってから随分と時間がたっているのに、一向に目は回復しません。「いつかよくなるはずだ」という思いとは裏腹に、ボールが二重に見え、視界がぶれてしまいます。日に日に焦りが出てきました。

 夜、寝ていると、突然目が覚めてしまいます。果たして、目ははっきりと見えるようになるのだろうか。「試合に出て結果を残す」という大きな目標が、ものすごく遠くに感じられました。これから先のことを考え、不安な夜が続くようになりました。

 そんな気持ちを振り切るために、試合の時にはベンチに入らせてもらいました。試合に出られない自分にとってできることは、他の選手よりもたくさん声を出すことです。自分はここにいる、という存在感を、必死になってアピールしました。

 練習の日には朝、一番にグラウンドに行き、素振りやランニングをしました。練習後は来る日も来る日も、寮の屋上に上がって、試合を想定しながらバットを振り続けました。

 休みの日も、朝はトレーニング室で体を動かし、室内練習場でバッティング練習しました。できることを必死になってやり続けました。

 練習を続ける一方で、いつの日からかユニホームを脱ぐということが頭をよぎるようになりました。子どもの時から、野球は自分のすべてでした。それを奪われることはとてもつらいことです。それでも、プロの世界でこれ以上続けるのは厳しいと考えるようになりました。

 2019年9月、ついにユニホームを脱ぐことを決断しました。担当スカウトに当時の状況を「苦しいです」と打ち明け、辞める決意を話した時は、懸命にこらえていた涙があふれました。

 この年の9月26日、2軍選手としては異例の引退試合をしてもらいました。8回表、センターの守備につきました。病気になる前の試合から、1096日ぶりの公式戦でした。

 一打逆転のピンチの場面で、鋭い打球がセンターに飛んできました。その瞬間、何かにポンと背中を押されたような感覚があり、足が前に出ました。

 ボールは見えていませんでしたが、捕球後、ダイレクトにキャッチャーに返球しアウトにしました。最後に、現役最高のプレーができました。

 病気になり、ファン、球団関係者、家族など、本当にいろいろな人に支えられました。そしてその支えに応えようと練習を続けたことが、“奇跡のバックホーム”と言われるプレーにつながったと思っています。

【プロフィル】よこた・しんたろうさん 1995年、東京都生まれ。3歳で鹿児島に引っ越し、日置市の湯田小学校3年でソフトボールを始める。東市来中学校、鹿児島実業高校を経て、2013年にドラフト2位で阪神タイガースに入団。3年目は開幕から1軍に昇格した。17年に脳腫瘍と診断され、2度の手術を受けた。19年に現役引退。20年に脊髄腫瘍(せきずいしゅよう)が見つかり、21年に治療を終えた。現在は鹿児島を拠点に講演、病院訪問、動画サイトの配信など幅広く活動している。父・真之さんも元プロ野球選手。