鹿児島出身の屯田兵…言い伝え頼りに12年間探した曾祖父のルーツ 記事きっかけに元大学職員が見つける

 2022/11/09 11:02
吉田勇蔵ら先祖の写真を掲げる福士雅子さん(右)と坂本緑さん=薩摩川内市
吉田勇蔵ら先祖の写真を掲げる福士雅子さん(右)と坂本緑さん=薩摩川内市
 仙台市の福士雅子さん(67)が、鹿児島出身の屯田兵将校と伝わる曾祖父にたどり着いた。来鹿するなど昨年まで12年間ルーツ探しを続けてきたが、不明のままだった。そのことを伝える本紙記事を読んだ鹿児島市の友野春久さん(70)が、「吉田勇蔵」と突き止めた。

 福士さんの親族では「曾祖父は鹿児島出身の屯田歩兵将校で、明治の初めに北海道へ赴任。前後に盛岡市で曾祖母と知り合った」と伝えられてきた。2人で帰鹿し、福士さんの祖父・小田友次郎が生まれたが、その後に別れたという。曾祖父、祖父とその異母兄弟が写った写真など断片的な情報しか残らず、名前も不明だった。

 福士さんは「何とか曾祖父を捜し当てたい」と2016年に来鹿。研究者を訪ねるなどしたが、手がかりはつかめなかった。

 友野さんは鹿児島大学工学部の元技術専門職員。現役時代から先祖調査を手がけており、福士さんの記事を読んで昨年4月から調査を開始。屯田兵の名簿から将校5人を絞り込み、子どもの数や年齢、結婚相手などから「吉田勇蔵」と断定した。さらに吉田の足跡を調べ、顔写真や鹿児島市の草牟田墓地にある墓も見つけ出した。

 吉田は1857(安政4)年生まれ。西南戦争で薩軍に従軍。北海道開拓使として北海道に渡り、屯田歩兵大尉などになった後、日露戦争に出征し47歳で戦死した。薩摩藩英国留学生の一人で外交官・吉田清成はおじに当たるという。

 友野さんから連絡を受けた福士さんは10月下旬、いとこの坂本緑さん(68)=盛岡市=と来鹿。墓参りなどをした。福士さんは「顔写真の吉田は、小田家の顔の特徴にそっくり。協力いただいた一人一人の力添えで、奇跡が奇跡を呼んだ。なくしたパズルをはめられた感じ」と喜んだ。