薩摩義士の功績は後世に 徳田助右衛門の墓撤去 鹿児島市

(2019/02/11 20:00)
薩摩義士・徳田助右衛門の墓の撤去を決めた子孫の徳田正俊さん(左)ら(友野春久さん提供)
 江戸時代の宝暦治水で命を落としたとされる「薩摩義士」の一人、徳田助右衛門の墓が鹿児島市の郡元墓地から撤去された。管理が難しいという子孫の意向によるもので、顕彰する関係者は「残念だが、功績はしっかり後世に伝えたい」としている。
 子孫らによると、助右衛門は島津家21代吉貴に仕えた。宝暦治水に参加し、幕府の冷遇に抗議する意味で1754(宝暦4)年8月20日に割腹した、とされている。大正期に子孫が徳田家の墓として、郡元墓地に改葬したという。
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