時計 2021/03/12 06:30

10年前、逆境からの一番列車 大震災翌日の九州新幹線開業 「苦労 無駄でなかった」 当時の鹿児島中央駅長が述懐

全線開業時の思い出を語る長井敏郎さん=JR鹿児島中央駅(撮影のためマスクは外しています)
全線開業時の思い出を語る長井敏郎さん=JR鹿児島中央駅(撮影のためマスクは外しています)
 2011年3月12日。鹿児島が待ち望んだ九州新幹線の全線開業は、前日の東日本大震災で思いも寄らない逆境からのスタートになった。祝賀ムードは一変し、記念式典なども中止。12日は全線開業から10年、当時の鹿児島中央駅長でJR鹿児島シティ常務の長井敏郎さん(63)=湧水町出身=は「今の鹿児島の街を見ると、苦労が無駄でなかったと感じる」と、混乱の開業日を振り返った。

 開業を翌日に控えた11年3月11日の出来事は、今もはっきりと覚えている。準備をほぼ終え、最終確認をしていた午後3時ごろ、職員が「東北で地震です」と伝えてきた。テレビは押し寄せる津波の様子を伝えていた。「これは大変なことになった」と確信した。

 部分開業した04年は川内駅長として記念行事を仕切った。新幹線には縁がある。「ずっと準備してきただけに残念だったが、これはもう仕方ない」。JR九州は博多や熊本など沿線各駅の記念式典中止を決定。深夜まで連絡や調整に奔走した。

 鹿児島市内の周辺商店街と連携した多くのイベントは自粛。沿線住民が手を振る姿が話題になったテレビコマーシャルも中断。12日午前6時58分の新大阪行き一番列車の出発は派手な演出をとりやめ、伊藤祐一郎県知事(当時)、森博幸鹿児島市長(同)らとホームから見送った。

 車両から降りてくる乗客のまばらな日が続いた。「西日本に直接の影響はなかったはずなのに、心理的な影響だろう。このままどうなるのかと心配だった」

 好転の兆しが見えたのは4月下旬。「ゴールデンウイークは駅の通路が人で埋まった。窓口で関西弁が飛び交い、新幹線の力を再認識した」。その後、代替イベントを次々と企画し、数え切れない出発式をこなした。

 10年度に約440万人だった九州新幹線の総利用者は、全線開業後は約2.5倍に増え、19年度は約1400万人。駅東口の中央町再開発ビルは完成間近になり、西口の再開発も動こうとしている。

 長井さんは今、アミュプラザ鹿児島の運営に携わる。「全線開業の効果は想像を超えた。地域への感謝を忘れず、中央駅周辺や天文館などの商店街、商業施設と連携を深めたい」と話した。
関係者や鉄道ファンに見送られる九州新幹線の新大阪行きの1番列車=2011年3月12日、鹿児島中央駅