2020/11/21 本紙掲載 
中学1年の部1席

メッセージで絆を結ぼう

種子島中1年 大木 優咲さん

 「メッセージを読んで、何とか頑張ろうと気持ちを持ち直せた」と勘場明会長が語っている。これは、いちき串木野市で行われている「食のまち応援商品券」に書かれたメッセージに対するコメントだ。この「食のまち応援商品券」とは、新型コロナウイルス対策のために始めたもので、飲食店を利用してもらうためのものだが、注目するのは、商品券の中にある「応援メッセージ欄」である。そこには、「これからもお願いします」「料理、とてもおいしいです」「ありがとう」という言葉が子どもから大人まで、広い世代で書かれているようだ。実際に受け取った店の方は「精神的にも助けられた」と語っており、私は、飲食店の厳しい現状を改めて感じ、とても心が痛んだ。しかし、そのような状況の中でメッセージを通して応援してもらえるのは、とても心の支えになったことだろう。
 この商品券のデザインを考えた方は、「市民が助け合える取組を今後も考えたい」と話している。記事には満面の笑みで商品券を手にする、いちき串木野市の職員の方の写真が掲載されている。誰かのアイデアで、たくさんの人に笑顔が戻ってきているのだ。
 私の住む西之表市にも、五百円分の商品券が配布されている。メッセージ欄はないが、この券によって外食に行く機会ができ、私も実際に家族と久しぶりに外食へ行った。これは飲食店側だけでなく、自分たちのメリットにもつながることなのだと思った。
 そこで私は、自分には何ができるのかを考えてみた。最近は新型コロナウイルスの問題で持ち切りになっている。ふと、あることを思い出した。私の中学校ではすでに人々を勇気づける行動をしていたのである。それは、医療従事者の方に向けた、とても大きな横断幕である。「僕たちはコロナに負けない」と大きく書かれた布には、全校生徒一人一人による医療従事者の方へのメッセージが書かれている。「ありがとうございます」と感謝の言葉や「頑張ってください」の応援の言葉。そして「気をつけてください」の心配の言葉。一人一人が自分たちの気持ちをこの横断幕に書き表していったのだ。実際に私もこのメッセージを書いたとき、医療従事者の方に自分の思う感謝の気持ちを伝えたいと思った。すると、全校朝会の時間、校長先生が「たくさんの感謝の言葉をいただきました。」というお話をされていて、私は自分の思いがしっかり届いたのだと思い、嬉しくなった。きっと、いちき串木野市の職員の方たちも、私たちと同じような喜びと嬉しさで包まれたことだろう。
 ただし、今の状態が続いたままではいけないのである。新聞には、このような心温まるニュースもある反面、不安や恐怖を感じるニュースもあるのだ。他の記事には「新型コロナ県内各地に拡大」と大きな文字で書かれている。それにより、勇気や元気、そして笑顔まで失ってしまうかもしれない。だからこそ、今しかできないような行動ができるのかもしれない。夏休み、どこにも旅行へ行けないときこそ、自分の地元と向き合っていくチャンスととらえることもできるだろう。
 人はついつい、暗いニュースばかりに注目して見てしまう。これはテレビだけでなく、新聞も同様だ。新型コロナウイルスに対する不安や恐怖で自分の心を沈めていくのだ。だからこそ、この記事のような明るいニュースを見るのである。暗いニュースの裏には必ず明るいニュースが隠れているのである。
 さぁ、明るいニュースにスポットライトを当ててみよう。きっと心温まる発見があるはずだ。この現状を、私たちは周りの人々と乗りこえていくのだ。だからこそ、メッセージで絆を結ぼう。

中学2年の部1席

新型コロナウイルスから学ぶこと

鹿児島修学館中2年 赤池 凜音さん

 「おはよう。新たな感染者は何人。」我が家では最近、この会話で一日が始まる。母は毎朝お弁当を作り終えると新聞に目を通している。朝食を食べながらコロナの感染状況を確認することが、いつの間にか私も日課になっていた。
 令和二年の幕開けと共に新型コロナウイルス感染症が世界中で流行し始め、人類を脅かしている。今だに感染者数が日々増減をくり返し、収束のめどが立たない状態が続いているのだ。昨年の今ごろ、一年後がこんな世の中になっていることなど誰が想像しただろうか。新聞に踊る「感染者数」「クラスター発生」「感染拡大」などの文字。目にしない日はない。その中でも七月二十六日の「平穏な島一変」という見出しは衝撃的だった。そこには、与論島で起こった新型コロナウイルスのクラスターについて書かれていた。感染者は十歳未満から九十代と幅広い年代にわたり、職種も様々で人口約五千人の平穏な島の日常はこのコロナウイルスにより一変してしまったのだ。住民同士の結び付きが強い島での感染拡大は、どれほど恐ろしいものだったか想像を絶するものがある。私はこの記事から三つの疑問を抱いた。
 まず一つ目は、ほとんどの感染者が島外の医療機関へ搬送され、治療を受けたことである。なぜ島内で治療を受けることができなかったのだろうか。離島、へき地における医療体制の現状について調べてみることにした。鹿児島県は二十八の離島を抱えており、医療機関の少なさや医師・医療スタッフの不足、施設整備の充実などにまだまだ課題があることが分かった。特に高齢者の多い地域では、ぜい弱な医療体制で患者を受け入れたとしても十分な医療を提供することが難しく、崩壊する懸念があり、それを避けるためであることが分かった。
 二つ目は、観光の町としてどのような対策をとることが最善の方法だったのかという点である。観光業で生計を立てている人もたくさんいる中で、夏は特に旅行者も多くににぎわうはずだった。だが、感染拡大を食い止めるためには「来島自粛」を呼びかけることが島内の人々の命を守ることにつながると苦渋の選択をせざるを得なかったのだろう。
 三つ目が、感染者のプライバシーはきちんと守られているのかという点である。SNSや過剰な報道により、感染者がまるで罪人のように扱われ、うわさ等のデマも流れる現状が出てきている。未知のウイルスであるからこそ必要以上に恐怖心をあおり感染者への誹謗中傷や偏見が生まれる事態となっている。新型コロナウイルスは身体の健康を脅やかすだけでなく心の健康まで奪ってしまう目に見えない呪いのようだと私は思った。誰もが、いつ感染してもおかしくない状況の中で責めたり排除しようと差別したりする行為は決して許されないと感じた。
 医学が発達し、医療技術の向上や新薬の開発など日進月歩で変わってゆく現在でも治すことのできない病があることを知り、感染症との向き合い方について真剣に考えるきっかけとなった。自分の安全や健康を守るために必要なことを見極める力や周りの人のことを思い行動することが大切だと思った。うわさやデマにまどわされず、確かな情報を受け入れ新しい生活様式を実践し、予防に努めていきたい。
 今年の夏、奄美大島で単身赴任をしている父の元へ訪れることを断念した。家族で話し合い、自分たちの行動に責任を持つためである。
 将来、私は離島医療に携わる職業に就きたいと思っている。人とのつながりを大切にし、微力ながら地域に貢献できる人になりたい。

中学3年の部1席

寄り添う大切さ

城西中3年 谷口 綾子さん

 「死を選択する」ということは、これは一つの権利なのだろうか。毎年のように、多くの人が自殺で亡くなったというニュースを耳にする。その度に、私は言葉に表せられない堪え難い気持ちになる。なぜなら、私は当然、死後の世界というものを知らないからだ。天国や地獄は、本当に存在するのだろうか。それに、私は大切な人を失った経験がない。この世を去った人の気持ちも、周りの家族や友人のつらさも分からない。死んでしまってかわいそうとは思うが、「死」というものが私の中では漠然であり、曖昧なものである。
 そんな時、私はある報道に耳を疑った。それは、ALSという病気を患っている女性が殺害されたことだ。女性はSNS上で知り合った医師に、安楽死させてほしいと依頼した。ALSとは、全身の筋肉が徐々に萎縮し体が動かせなくなる難病だ。彼女の場合、体はほとんど動かせなかったが、幸いにも話すことはできた。ところが、段々と声を出せなくなり、視線入力でしか意思表示をすることができなくなった。彼女は、ブログで「こんな姿で生きたくないよ」とつづっていた。
 現在、日本では安楽死は法的には認められていない。しかし、新しい人権の一つである「自己決定権」として安楽死が主張されている。私は、やはり安楽死はあってはならないことだと思う。本人にとっては「死にたい」という意思がどの気持ちよりも勝るのだろう。でも、本当に「安らかに楽に死ぬ」ことはできるのだろうか。それが願いであっても、たとえ叶えられたとしても、本当の幸せにたどり着けるのだろうか。私はそうとは思わない。もしその人が命を絶ったら、悲しむ人は必ずいるからだ。
 彼女はどんな思いをして死を覚悟したのだろうか。私は、彼女の周りに真実を打ち明けられる人がいなかったと思う。私は母に悩み事を何度も言ったことがある。母はその時の私の気持ちをしっかりと受け取め、一緒に解決の方法を考えてくれる心強い味方だ。けれども、彼女は家族に心配をかけたくない、という思いで相談できなかったのだろう。誰かが彼女の思いに気付き、相談に乗っていたならば、このような悲しい結末を迎えることはなかったかもしれない。
 四年前の朝のテレビの映像が、私の脳裏に焼き付いている。相模原市で起こった殺傷事件だ。加害者は「障害者はこの世に必要ない」という偏見を持って犯行に及んだ。その後も一貫して裁判で差別的な発言を繰り返した。多くの人が望んだ量刑ではあったが、加害者からは事件の動機について何も語られないまま終わってしまった。原因が分からなければ、事件の再発防止の目処が立ちにくい。しかし、この事件から学ぶべきことがある。それは今もなお、重度障害者や難病患者にとって決して安心して暮らせる社会ではないということだ。恐らく前述の彼女も、自分は生きている価値がないと思い、死を選択したのではないだろうか。
 医療技術は大いに進歩しているが、ALSのような難病も数多くある。私は将来、医師になりたいと思っている。もし難病を患った患者と向き合うことになった時、私はまず患者の心境をしっかりと理解したい。本人の意思はもちろん、家族の意見も把握したい。次にできるだけ多くの選択肢を提示したい。そして、本人や家族との話し合いで最終的に決定したい。ここで忘れてはいけないのは、患者に委ねられている自己決定権である。これからどう生きたいかという患者の気持ちを尊重しなければならない。しかし、思わぬ方向に行く場合もあるだろう。その時は、客観的に事態を見て、冷静な判断を下し、患者の人生の架け橋となりたい。

【南日会特別賞】 中学3年の部2席

「この夏」の経験を糧に

長田中3年 山崎 煌雅さん

 六月十四日の「高三集大成『幸せ』県総体の代替試合本格化」の記事を、私は今の自分と重ね合わせながら読んだ。
 五月、県総体・市総体が中止になったことを知らされた。体育館で校長先生からこの話を聞くと、ショックで泣き出す友達もいた。新型コロナウイルスの影響で、三月から学校が休校となり、部活動のできない日が続いたため、こうなることも想定できていたとは言え、やはり残念でならなかった。しかし、目標を失ったのは私だけではない。新聞で、鹿児島県内各地の中学校・高校の生徒や監督の声が紹介されている記事を読み、皆、同じ気持ちで今回の中止を受け止めていることを知った。野球部の一員として、「県総体出場」という目標を掲げ練習に励んできた日々。苦しい時も、この目標があったからこそ、皆と乗り越えてくることができた。しかし、その目標が、私達の目の前から消えてしまった。
 悔しいけれど、残念だけれど、今の状況では仕方がない。私は気持ちを切り替え、最後の部活動の日までの練習をこれまで以上に大事に取り組んでいこうと決めた。
 しばらくして、三年生の記念試合として交流戦が行われることが決まった。ちょうどその頃、「県高校野球代替大会」「新型コロナでインターハイ中止競技別に代替模索」「選抜三十二校甲子園で交流戦」などの話題が新聞にも掲載されていた。これらの記事を読むたびに、私は明るい気持ちになり、励まされ自分も頑張ろうと前向きになることができた。
 さらに、六月十四日以降の「虹空がんばれ高校3年生」では、部活動にかけてきた高校三年生の思いや最後を迎えるにあたっての気持ちなど、県内各校の様々な部活動が紹介されていて大変興味深かった。同じ三年生として私の気持ちと重なる部分が多かった。「たくさんの人の協力で最後に試合をすることができ、後悔せずに部活動を終えることができた。」「今後の人生の財産になると思う。」「一人でも欠けていたら、今のようなチームの形はできなかった。」私は、これらを読み、最後の試合に向けて悔いの残らないように頑張ろうと改めて強い気持ちを持つことができた。
 いよいよ、私達チームの最後の試合。私達は、今まで一緒に活動してきた三校合同チームとして参加した。約五か月ぶりの試合。私はピッチャーとして先発し、「これまでの練習の成果を出し切ろう。」と平常心を心がけた。チームの皆が声を出したり、しっかりと守ったりしてくれたおかげで、焦ることなく思い切ってプレーすることができた。試合は接戦。同点で迎えたタイブレークの8回裏。私達のチームは一点を追加し、勝利した。
 「やったあ。勝った。」応援席からは、応援してくださった保護者の方々の大きな拍手が聞こえてきた。それと同時に、相手チームにも大きな拍手が送られた。合同チームとして歩んできた私達は、チームとして活動するために、人とのつながりの大切さを常に感じてきた。この記念試合も、相手のチームがいたからこそ試合ができたのだと感謝している。
 竹は節目によって成長し、強くなると言われている。当たり前だと思っていた日常を迎えられなかったことで、改めて仲間と野球ができる喜びを知り、今までの生活がどれほど幸せだったかを実感した。また、節目がしっかりした竹はよく伸びるとも言われている。この夏、新型コロナウイルスの影響で、今までに経験したことのない節目を迎えた私達は、新しい自分を見つけるエネルギーを蓄えたに違いない。そのエネルギーを発揮できるかどうかはこれからの自分次第だ。「あの夏」といつか振り返る日が来た時、この夏の経験が決して無駄ではなかったと言えるような自分の一歩を、力強く歩んでいきたいと思う。