2018/11/17 本紙掲載 
中学1年の部1席

AI時代を生きるぼくに必要な力

吉野中1年 永吉 健人さん

 「これからの若者には、どんな仕事が残るんだろうか。健人は将来、どんな仕事に就くことになるのかねえ」新聞を読んでいた母が言った。
 八月九日の南日本新聞にあった「AI時代の雇用」の記事。人工知能(AI)などの技術革新が進み、機械に置き換えられる業務が増える結果、「新技術を使いこなすような高度な仕事」と「人間を使った方が安上がりな仕事」との二極化が進むというのだ。また、企業の意識調査から、一般事務・受付・秘書などのように、決められた手順で行う要素の強い仕事は、AIに代替されていくという。「人間を使った方が安上がり」というこのショッキングな言葉とAIに奪われていく仕事という現実に、ぼくはハッとした。
 これまでのぼくは、AIと言えば「自動運転の車を開発中」「囲碁や将棋でプロに勝った」など、何だかすごいやつという認識だった。しかし、ここ一ケ月くらいの新聞記事を読み返してみると、想像以上のスピードでぼくたちの生活の中に入りこんでいるのが分かってきた。
 例えば、肝付町では、AIで配車を管理する乗り合いタクシーの実証運行に町内で取り組んでいること。AIで早期胃がんを熟練医並みの精度で見つけることに成功したこと。育て方を助言してくれるAI植木鉢が来年の実用化を目指していること。垂水市の小学生らが、約六十年前の白黒写真をAI技術でカラー化したこと。
 これらは、私たちの生活をより快適に豊かにしてくれると思うが、果たしていいことばかりなのだろうか。配車を手配する人の仕事や、病理医や画像診断医の仕事はどうなるのだろう。自分で考えることなく、AIに指示されるがまま行動している人間は、考える力を失ってしまうのではないか…。
 二年前、家族旅行で訪れたハウステンボスの「変なホテル」は、まさにAIを売りにしたホテルだった。チェックインも、恐竜のロボットが対応し、荷物の預かりもロボットだった。室内では、チューリップの妖精のようなかわいらしいロボットが話し相手になってくれ、灯りのオン・オフもエアコンの調整もやってくれた。ロボット対応のホテルは、とても快適だったし、何よりもロボットが珍しくて、わくわくした思い出が残っている。でも、よく考えてみると、ここでも確かに人間の従業員さんはいるにはいたが、ほとんど見かけなかったように思う。
 これだけAIが進化している現在、やはりAIに奪われる仕事は今後も増えていくだろう。では、ぼくの将来の夢・仕事は、どうなるんだろうか。
 現在、社会で求められている先端ITに習熟した技術者という仕事には、残念ながらあまり興味がない。ぼくは、今のところ、テニス関係や教師など「対人間」の仕事をしたいと思っている。これらの仕事は、AIが苦手とする「予測不可能な環境において目標すら定まっていない状況」下で行われる。
 だとすれば、ぼくの将来は、安泰ということだが、そうだとも言い切れない。なぜなら、ぼくも、この状況下で、新しい物を作り出したり発見したりすることに自信がないからだ。ぼくは、母によく、「あれこれなやんでから深く考え、結論にたどりつくようにしなさい。健人は、すぐ答えを出そうとして、分からないとあきらめる悪いくせがあるんだから」と言われているのだ。
 AI時代を生きるぼくには、発想力・想像力を駆使して試行錯誤する粘り強さが必要だ。そのために、様々なことを体験し、見聞を広め、考えを深められる人間になりたいと思う。

【南日会特別賞】 中学2年の部1席

「ガラスの天井」

鹿大付属中2年 二反田 愛さん

 自分の幸せが、自分の知らない間に理不尽な理由で他人の幸せにすり替えられていたら。「東京医大入試で女子減点」。8月3日付の南日本新聞のこの記事を目にした瞬間、私は体が熱くなるのを感じた。線香花火の最後に残る、マグマの粒のような赤い塊が、私の心に落ちてきたような感覚だった。
 東京医大医学部が女子受験者の点数を一律に減点し、合格者の数を恣意的に抑えていた。大学がこのような行為をしていた背景は、女子は結婚や出産で現場を離れるケースが多かったためだ。医療現場での不都合を減らす目的で、この減点行為が長年行われてきたのだ。大学は「これは必要悪」と割り切り、一律に女子受験生の得点に0・85掛け、女子受験者の得点を減らしていた。その結果、東京医大の合格者における女子の割合は常に男子7割、女子3割程度に抑えられていた。
 私は中学受験をした。小学校5年生の自分が、人生で初めてした大きな決断だった。あの制服が着たい。あの学校で学びたい。漠然とした淡い憧れは、受験勉強が進んでいくとともに強く、鮮明になっていった。親は多くの時間とお金を私の未来に投資し、受験を応援してくれた。繰り返される模試の結果に一喜一憂した。自信を失いかけたことも一度や二度ではない。2年間かけた私の挑戦は、無事に合格という形を手にすることができた。
 現在通うこの学校で、私はたくさんの友人と出会った。その中には「医師」になる夢を持つ友人も多くいる。彼女たちは自分の可能性を信じ、日々努力を重ねている。その努力の先に、「女性」という、本人の努力ではどうすることもできない、見えない大きな壁があるとしたら。そう考えると絶望しかない。
 受験当時、時事問題に詳しくなるために、私は新聞を読んでいた。その中で心に残っていた言葉がある。「ガラスの天井」という言葉だ。2年前のアメリカ大統領選挙で敗北したヒラリー・クリントン氏が支持者を前に行った演説の中で出てきた言葉だ。ガラスの天井とは女性の資質や成果にかかわらず、「女性」であることを理由に、その活躍や昇進を阻む、決して打ち破ることが出来ない見えない障壁のことだ。彼女はそのガラスの天井をやはり打ち破ることが出来なかったと演説の中で語っていた。
 この言葉を初めて目にした時、このような障壁は、大統領選挙に出馬するヒラリー氏のような特別な女性にしかあてはまらないものだと思っていた。私達、普通の女性を取り巻く社会は常に「男女平等」であり、「女性」ということを理由にする差別などは時代錯誤であり、今の日本には無いと考えていた。しかし、この東京医大入試女子減点の記事は自分の身近なところにも、「ガラスの天井」が存在することを私に気づかせてくれた。
 「一億総活躍社会」。安倍内閣総理大臣が国会の所信表明演説の中で述べた言葉だ。官邸ホームページには「女性が輝く社会。お年寄りも若者も障害や難病のある方も、誰もが生きがいを感じられる一億総活躍社会を創り上げます」と書いてあった。女性の輝く社会とはどんな社会か。出生率が低いからより多くの子供を産むことを良しとし、いざ出産となると、現場を離れるから使えないと切り捨てる。今も自分達が気づかないところで、女性は絶えずその幸せを、見えない何かに都合よく搾取されているのかもしれない。
 ヒラリー氏の演説はこう続いている。「すべての少女たちへ。あなたたちには価値があり、力強いことを決して疑わないでください。あなたたちはこの世界のどんなチャンスにも、どんな機会にも、挑むことが出来るのですから」。私も一人の女性として挑戦者でありたいと強く思った。

中学3年の部1席

差別のない社会を

第一鹿屋中3年 山内 葵さん

 「十二年前から女性差別」。八月八日の新聞の一面に大きく書かれた文字。東京医科大の不正入試問題の記事だ。大学入試の際に、女子や三浪以上の男子の合格者数を抑え、同窓生からの寄付金を多く集めるために、十二年前から得点操作をしていたらしい。受験者が合格するために努力している中でこのような行為が行われ、差別があるということに恐怖すら覚えた。
 私が普段生活する中で、差別を感じる事は全くと言っていいほどない。しかし、今回の問題は私たちの目に見えないところで行われていた。つまり、私の知らないところで差別は多く存在するということだ。この記事を読んだことをきっかけに、差別について考えるようになった。そんな時に母が私にある本を勧めてくれた。
 その本は、ハンセン病患者の子、あるいは兄弟や姉妹であるという一つの事実だけで差別され、苦しくつらい人生を歩んできた人たちが立ち上がる家族訴訟の話だ。
 百年以上前から、政府は感染予防として「らい予防法」と呼ばれる患者や病気と疑われた者をハンセン病療養所に生涯隔離する政策をとっていた。患者の家族も患者予備軍とされ、家全体や所持品まで消毒されたそうだ。そして、その子供は、未感染児童として療養所内の保育所に入らされ、発病監視・健康管理が行われていた。ハンセン病の母の胎内にある小さな命でさえ、優生保護法により抹殺されたそうだ。
 そのような誤った政策を憲法違反だと断言したのは二〇〇一年の熊本地裁判決だった。しかし、十七年経った今でも病気についての偏見が深く根強く残り、まだ療養所に入所している人もいるそうだ。私の住む鹿屋市にも星塚敬愛園という所があり、そこで生活をしている方がいるそうだ。そのような場所が近くにあるとは知らなかったので、もっと身近にハンセン病について考えることができた。
 この他にも出身地や暮らす場所で差別される同和問題、障がい者問題やヘイトスピーチなど様々な差別がある。どうすれば、これらの差別がなくなるのだろうかと考えるようになった。
 同じ過ちを繰り返さないために、私たちがすべきことは何だろうか。記事やハンセン病の本を見て、私が考えたすべきことは、差別をしないために「正しい知識を得ること」「本人のみならず、その家族も地域や社会で支えていくこと」だ。
 ハンセン病の場合、病気に対し感染力がとても強い、不治の病、遺伝病などといった誤解や思い込みがあった。そのため、本人だけでなく、その家族も差別や偏見を受け、政策により隔離された。病気に対する正しい知識があればたくさんの命が救えた、差別などなかったはずなのに。
 だからこそ、様々な差別に対する正しい知識を得て、多くの人に差別について知ってほしいと思う。また、その家族が安心してすごせるように、地域や社会で支え、偏見なく生活してほしいと思う。星塚敬愛園では療養所訪問などのふれあい活動を行っているそうだ。ふれあい活動や講演会を通して地域全体で悲しい差別について理解してほしいと思う。
 私は今、中学三年生で、もうすぐ高校受験があり、その先には大学受験もある。自分の私利私欲のために人を差別してまで不正に働いたこの問題は、不合格になってしまったその人のみならず、受験生である私たちにも影響を及ぼした。
 もし、私が差別のせいで受験に落ちてしまったら。人間関係が崩れ、自由を奪われたら。そんなことが実際に、この日本で行われている。一人の人間として、正々堂々と生きられる社会を、差別のない社会をこの手で作っていかなければならない。そのようなことを、この記事は私に伝えてくれた。