[立候補予定者はこんな人]伊藤祐一郎氏
愚直すぎる出水兵児
(2020-06-22)
■詩人・岡田哲也さん(72)出水市
同郷の伊藤祐一郎さんとはラ・サール高校と東京大学で同級生でした。彼は秀才タイプではなく、ガキ大将でした。とにかく足が速い。「脚があと10センチ長ければ9秒台」と話していました。
といっても大学を中退した私はやくざな物書き。彼は高級官僚の道でしたからね。功成り名を遂げた人ぐらいに考えていました。総務省幹部の道を蹴って帰ってくると聞いた時、「ああ、やはり彼にも戦う血が流れているんだ」と思いました。
「帰りなんいざ田園まさに荒れんとす」
陶淵明という中国の詩人の「帰去来の辞」の書き出しです。当時の鹿児島県は財源不足が450億円を超し、まさに崩壊寸前。それを12年でチャラにしてくれた。誰にもできる芸当じゃありません。自分の給料を削って、職員の給料も削った。自分たちの「しわよせ」が県民の「しあわせ」だと私はうなずいたことでした。
ただ彼は普通の政治家と違って、自分の業績についてシャイですね。「己の手柄など軽々しく言うべきものにあらず」と、昔の士族のように思っているところがあります。政治家としてみれば下手といえば下手、損といえば損なところです。2メートル以内でしゃべればこんなに面白い人はいないのに、20メートル離れればこんなに妙味のない人はいない。これがもっぱらの伊藤評です。
座右の銘は「身に私を構えず」。出身地出水に伝わる「出水兵児(へこ)修養掟(しゅうようのおきて)」の一節です。彼は、私利私欲に走りません。しかし、「私」がない愚直さが、何の面白みもないお代官様のように思われやすい。「この橋は俺が造った」なんて話は一切しない。弁解もしない。だから僕は好きなんだけどね。
前回の選挙の敗北宣言は「ミッション・コンプリーティッド」。使命を果たしたということです。自分に言い聞かせようとした部分もあるのでしょう。ところが鹿児島がまた雨漏りしてきた。彼は出水市に自宅を建て、隠居生活を送っていましたが「わが家でゆっくりするわけに行かぬ」といったところでしょうか。
おかだ・てつや 詩人、コピーライター。1947年、出水市生まれ。80年度南日本文学賞。
同郷の伊藤祐一郎さんとはラ・サール高校と東京大学で同級生でした。彼は秀才タイプではなく、ガキ大将でした。とにかく足が速い。「脚があと10センチ長ければ9秒台」と話していました。
といっても大学を中退した私はやくざな物書き。彼は高級官僚の道でしたからね。功成り名を遂げた人ぐらいに考えていました。総務省幹部の道を蹴って帰ってくると聞いた時、「ああ、やはり彼にも戦う血が流れているんだ」と思いました。
「帰りなんいざ田園まさに荒れんとす」
陶淵明という中国の詩人の「帰去来の辞」の書き出しです。当時の鹿児島県は財源不足が450億円を超し、まさに崩壊寸前。それを12年でチャラにしてくれた。誰にもできる芸当じゃありません。自分の給料を削って、職員の給料も削った。自分たちの「しわよせ」が県民の「しあわせ」だと私はうなずいたことでした。
ただ彼は普通の政治家と違って、自分の業績についてシャイですね。「己の手柄など軽々しく言うべきものにあらず」と、昔の士族のように思っているところがあります。政治家としてみれば下手といえば下手、損といえば損なところです。2メートル以内でしゃべればこんなに面白い人はいないのに、20メートル離れればこんなに妙味のない人はいない。これがもっぱらの伊藤評です。
座右の銘は「身に私を構えず」。出身地出水に伝わる「出水兵児(へこ)修養掟(しゅうようのおきて)」の一節です。彼は、私利私欲に走りません。しかし、「私」がない愚直さが、何の面白みもないお代官様のように思われやすい。「この橋は俺が造った」なんて話は一切しない。弁解もしない。だから僕は好きなんだけどね。
前回の選挙の敗北宣言は「ミッション・コンプリーティッド」。使命を果たしたということです。自分に言い聞かせようとした部分もあるのでしょう。ところが鹿児島がまた雨漏りしてきた。彼は出水市に自宅を建て、隠居生活を送っていましたが「わが家でゆっくりするわけに行かぬ」といったところでしょうか。
おかだ・てつや 詩人、コピーライター。1947年、出水市生まれ。80年度南日本文学賞。
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