6月25日告示された鹿児島県知事選は戦後最多の7人が立候補し、現職、元職、新人がそれぞれ目指す県政の姿を訴えている。7月12日の投票に向け、県政の課題を考える。
(10)水俣病
求められる当事者意識
(2020-07-09)

電子ピアノを前に「指が思うように動かない」と残念がる森山光信さん=出水市明神町
旧長島町出身の森山さんは今年2月、公害健康被害補償法に基づく県の水俣病認定審査で棄却処分となり、再申請中。この10年余り、民間病院では複数回、水俣病と診断された。
父親は中国で戦死。母親は地元の港で魚介を仕入れ、てんびん棒を担いで売り歩いた。残った魚が食卓に上った。8歳で母親を亡くした後、育ててくれた叔父も半農半漁で生計を立てた。中学卒業後、大阪に働きに出てからも、月に1度は箱いっぱいの魚介を寮に送ってくれた。
水俣病を疑うようになったのは、定年して鹿児島に戻った後。10代後半から耳が聞こえにくかったり、手足にしびれがあったりする症状に悩まされてきた。「これも、あれも全て水俣病の症状に当てはまっていた」
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森山さんは、水俣病特別措置法で救済されなかった八代海周辺住民らが国や熊本県に損害賠償を求めて熊本地裁で争う原告の一人。1549人に上る原告のうち、鹿児島県在住者は半数以上の792人に上る。救済の手が行き届いていない実態が浮かぶ。
第1陣の提訴から7年が過ぎ、既に115人の原告が亡くなり高齢化は待ったなしだ。鹿児島県の認定審査会にも、1101人(5月末時点)が審査待ちだが、本年度は新型コロナウイルスの影響で検診が一時休止となり、審査会はまだ開催されていない。
「県の検診は最初から水俣病ではないと決めつけている」。森山さんは不信感を拭えないでいる。
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県の棄却処分を不服として、環境省の公害健康被害補償不服審査会に審査を申し立てる人も後を絶たない。
1月28日、鹿児島市のホテルで開かれた同審査会の口頭審理。2016年2月に棄却となった出水市の女性(60)と、県職員らが向かい合って質疑を交わした。
行政認定の基準についてただしても、県側は「国からの法定受託事務。国の基準に基づき審査している」と繰り返すばかり。熊本県の漁村で生まれ育ち、両親ら10人を超す親族が認定患者の女性は「通り一遍の国の通知を守るだけでなく、一人一人の育った環境や生活歴を踏まえた対応をしてほしい」と求めた。
熊本学園大・水俣学研究センター長の花田昌宣教授は「鹿児島でも約2万人が補償や救済を受けているが、知事選候補者の公約に水俣病は見当たらない。鹿児島県も当事者。知事の裁量でできることもある。これだけの被害の実態に目を向けるべきだ」とくぎを刺した。
=おわり=