義弘公の「千葉蓮」復活を 池の遺構調査で種子見つかる 湧水・徳元寺跡

(2017 04/03 20:00)
千葉蓮を栽培したとみられる池の遺構を調査する関係者=湧水町木場
 戦国武将の島津義弘(1535~1619年)が朝鮮から持ち帰ったとされる幻のハス「千葉蓮(せんようれん)」を復活させようと、湧水町はかつて栽培された旧徳元寺で池の遺構調査を進めている。2019年は島津義弘没後400年。「ゆかりの池と幻のハスを再現し、歴史観光地の一つになれば」と期待を寄せる。
 徳元寺は義弘の五男・久四郎忠清の菩提(ぼだい)寺。明治期の廃仏毀釈(きしゃく)で廃寺となった。仙巌園(鹿児島市)にある「千葉蓮の碑」などによると、文禄の役(1592~96年)に参陣した義弘が千葉蓮を持ち帰り、徳元寺の池に移植した。
 町は義弘ゆかりの池を再現しようと3月15日、池の遺構調査に着手。池を囲んでいたとみられる石垣跡などが見つかった。遺構は長さ約20メートル、幅約2メートル、深さ0.6メートル。石垣は高さ1.8メートルで、池に続く斜面を築山に見立て築かれたとみられる。
 3月28日の調査では、池の底の粘土層からハスの実らしきものが100個前後見つかり、関係者を驚かせた。町生涯学習課の藤井義則文化振興係長は「文献通りの遺構が発掘調査で明らかになり、興奮した。今後は種子を発芽させ、義弘ゆかりのハスを復活できれば」と話した。
(記事全文は4日付南日本新聞、またはモバイルサイトでご覧になれます)

フォトニュース