車内にポスターを張る阿多俊二鹿児島営業所副所長=2月、鹿児島市小野町の南国交通鹿児島営業所
運転手が足りない。地方だけでなく鹿児島市内でも運転手不足による路線バスの減便・廃止が相次ぐ。住民の移動を支えるバス業界の求人難は深刻だ。待機時間のある変則勤務や事故リスクが敬遠されがちな上、平均年齢の高さなど構造的問題も横たわる。バス運転手を取り巻く実情を紹介する。(連載かごしま地域交通 第2部「運転手はどこへ」⑤より)
「その苦情、行き過ぎじゃありませんか?」
秋田県能代市で貸し切りや路線バスを展開する第一観光バスが2023年3月、地元紙に掲載した意見広告だ。乗客の理不尽な要求に毅然(きぜん)とした対応を取る姿勢を示した。
非常識な乗客に対する「お客様は神様ではありません」との一文に、交流サイト(SNS)では「よく言った」「そこまで言われるならもう乗らない」と賛否両論があった。
掲載から2年。秋田県バス協会の渡部信雄専務理事によると、協会への理不尽な苦情は減ってきた。「運転手の実情を考えてもらういいきっかけになった」と指摘する。
客が従業員らに筋違いな要求をするカスタマーハラスメント(カスハラ)は、「地域の足」を担う事業者も無縁ではいられなくなった。交通・物流の労働組合でつくる全日本交通運輸産業労働組合協議会が21年に実施した調査では、組合員の46%が「暴言などの迷惑行為があった」と答えた。
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鹿児島市でタクシー運転手として働く40代女性は10年前、路線バスを運転していた。憧れの職場だったが、一部の乗客からの暴言に疲弊していった。「前の車にぶつかってでも進め」「下手だから渋滞につかまる」-。夜中にフラッシュバックし、不眠になった。乗務中に涙を流すこともあったといい、1年足らずで業界を去った。
「落ち度があったかもと自分を責める日々が続き、出勤が怖くなった。責任感がある人ほど精神をやられる」
南国交通(同市)は24年12月、カスハラ対応の基本方針を定めた。複数回のクレーム、SNSへの投稿といった該当する行動を明記したほか、車内に啓発ポスターを張って理解を呼びかける。阿多俊二鹿児島営業所副所長は「バスでのカスハラは事故リスクが高まり、運転手や乗客の命に危険が及ぶ点が最も怖い」。
鹿児島市交通局も独自のマニュアルを検討する。バス事業課によると、運転手が深刻なカスハラに遭い警察に通報・相談した事案は、この3年間で少なくとも4件あった。座席に靴のまま足を投げ出すなどの乗車態度を注意した運転手が暴行を受けた事案では、相手が逮捕された。車内だけではない。バスが車線変更した際に後方にいた車に付きまとわれた例もある。
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市内の路線バスや県外との高速バスに乗務する運転手は20年ほど前、他の業界から転職してきた。幼い頃から、機転の利いたやりとりで乗客を和ますプロドライバーへの憧れがあったからだ。
実際の現場では「赤ちゃんを黙らせろ」と無茶な要求に出くわす場面もしばしば。理想とのギャップに悩んだこともある。それでも乗客との触れ合いは楽しいと前を向く。
「このカーブから見る桜島が一番きれいなんです」「名物『白熊』を食べたい方は、下車してすぐのアーケードを進んでくださいね」-。乗務する車内はとにかく明るく、観光ガイドのようなアナウンスに乗客も笑顔になる。
「嫌な思いをすることは正直ある。でも、下車時の『ありがとう』の言葉でまた頑張れる」