VR機材を装着し、介護映像を体験する来場者。多くの人が訪れ、関心の高さを感じさせる=鹿児島市の天文館図書館
2040年には高齢者の6.7人に1人がなると推計される認知症。介護する側は、妄想などの症状にどう対応するか不安を持つ人も多い。鹿児島県基幹型認知症疾患医療センターは3月下旬に鹿児島市で開いた「かごしま認知症いきいきフェスタ2025」で、仮想現実(VR)で対応を体験できるブースを設けた。症例の一つ「もの取られ妄想」を体験してみた。
使うのは、大塚製薬(東京)が開発した「FACE DUO(フェースデュオ)」。15分ほどの映像で、認知症の行動を本人と家族の目線で視聴でき、行動の背景や対処法を学べる。
視界を覆うゴーグルを着けると、その場にいるような感覚になる。認知症の女性と家族のやりとりが始まった。女性は手提げに入れた財布がなくなったとして、家族に「あなたが取ったんでしょ」と詰め寄る。
家族は否定する。本人の目線では、過去にも疑われたことがあるのか、家族のうんざりした表情が印象的だ。家族の目線に移ると、服の下に隠れていた財布を見つけ、女性に自分で置いたのではと指摘するが、本人は納得いかない様子だ。
合間に解説役が「女性は財布がなくなった不安と、なくすはずがないという思い込みが働いている」と行動の背景を説明。頭ごなしに否定せず、財布を保管する専用のかごを置いたり、「一緒に捜そう」と声をかけたりするなど不安を和らげる対応を呼びかけた。
映像を見終え、女性の不安も家族の嫌気も共感できた。何度も疑われるのはつらいが、行動の理由を知ることで本人も家族もストレスを抱えずにやり過ごせそうにも思えた。
夫婦で体験した鹿児島市の久野茂秀さん(87)は「自分も頭ごなしに否定してしまうかも」。妻シズエさん(84)と毎年脳ドックに通うが、「症状とどう向き合うか学ばないといけない。考えが変わった」と話した。
鹿児島大医学部の前原智子さん(24)=同=は「知識はあっても、研修で患者さんの反応に焦ることがある。映像を見ることで寄り添う心構えができる」と話した。
■手や肩に触れ、寄り添って
県基幹型認知症疾患医療センターの石塚貴周センター長(44)=鹿児島大学病院神経科精神科講師=は「認知症の症状は本人に不安があるから起こる。気持ちに寄り添い、安心感を与えてほしい」と呼びかける。
VRにあった「もの取られ妄想」について、石塚さんは「記憶を頼りに物を捜すのは認知症の人も同じ。ただ、いつもと違う場所に置いた記憶が抜け落ち、定位置に置いたと思い込んでしまう」と解説する。
周囲が心がけたいのは、物をなくしたという不安を膨らませないこと。「一緒に捜すのもいいが、ひたすら捜すのではなく、時間を区切り、気持ちを別のことに向けてもらうことが大事」と話す。
同じ言動を繰り返すのは「記憶障害の影響だけでなく、自分の言うことが伝わっているか不安ということも大きい」と指摘する。大げさなくらい反応することが有効で、理解したことが伝われば本人も安心し、言動を抑えることが期待できる。
本人の手や肩に触れることも安心感につながる。「認知症になっても言葉や表情で相手の気持ちをくみ取る。『病気だから』とよそよそしくせず、症状がないときは普段通りに向き合って」と語る。